株式会社 石本建築事務所
建築設計(意匠担当)西川 正純
6期生 生活環境デザイン情報学科 平成16年度卒業(鈴木研)
大学院芸術工学研究科博士前期課程 平成18年度修了(鈴木研)
「1.建築設計(意匠)の仕事」
平野:西川さんはどういうお仕事をされているんですか。
西川:(株)石本建築事務所で意匠設計を担当しています。現在は一宮市役所の新庁舎建設工事の監理業務を行っています。
設計の仕事って、まず全体の建物の平面構成などのざくっとした提案をする基本構想・計画があって、法的チェックを行いながら階構成や、外観、内観の意匠を決め、基本的なスペックを決定する基本設計へと移ります。その後、具体的な仕上げの素材を決め、構造、電気、設備それぞれのセクションと整合を図りながら、実際に工事をするために必要な詳細をつめた実施設計をおこないます。それをもとに工事が始まるのですが、実際に設計図どおりに、施工者が施工を進めているかをチェックする必要があり、それが監理業務です。いわゆる「サラカン」というものです。
このプロジェクトは実施設計から関わって今年で3年目、完成まであと3年かかります。自分の専門は意匠設計ですが、構造や設備など全体を調整しながら監理業務を行っています。
久保:わ、すごい量の図面ですね。これだけの量を把握するのって大変じゃないですか。
西川:すべての図面が頭に入っているわけではないですよ…。まあ、入れようと思っても無理でしょうけど。基本的には全体の概要や要所を把握しておいて、あとは誰に確認すれば分かるか参照先を覚えておきます。社内の人に聞いたり、現場で施工者の人と相談しながら決めることもあります。建築は多岐に渡りますが、最終的に方針を出すのは我々意匠設計者の仕事です。
設計事務所を大きくアトリエ系や組織系という呼び方をしますが、その中ではうちは組織系で社内には意匠設計者だけでなく構造、電気、機械設備等の技術セクションの担当者がいます。すぐそばに専門家がいて相談しながら進めていけるところはいいですね。アトリエ系はいわば意匠設計の専門家集団といったところでしょうか。
設計の仕事は儲かりませんが(笑)、一人じゃできない規模のプロジェクトに関われるので、やりがいはありますね。でも、マズイものをつくってしまうと末代までの恥となる恐れがあるので、楽しくもあり、怖くもある。デザイナーはみんなそうですが、建築の場合は特に長く残りますから。
平野:学生のときの経験で、今に活かされていることってありますか。授業でやってることが本当に役に立つのか、学生どうしで飲みながら話したりするんです。教授に言われた通りにやってるだけなんじゃないかとか、他の先生からは矛盾するような意見を言われたけど何がいいんだろうとか。
西川:もちろん、いろんな意見があって当たり前で、社会に出るともっと様々な立場の人から意見を言われます。でもその中から何が良いか選ぶのは自分でしかない。いろんな話を聞いて総合した上で、答えを出すしかないのではないでしょうか。
大学での課題はコンセプトに重きを置いて、いかにおもしろい空間をコンセプトに沿ってつくり出せるかという、設計の一番最初の大きなふわふわとした部分をやっていたと思います。それはすごく重要なことで、そういう考え方ができないと結局、面白いモノはつくれません。一方で、実務の仕事では細かい図面を見ながら狭いところに入りこんでいる気もするのですが、それも重要な事です。今は、細かいことを着実にきれいに、コンセプト通りに表現するにはどうしたらいいかを考えて取り組んでいます。ただ、言うのは簡単ですが、毎日、悪戦苦闘しています…。
伊藤:仕事ではクライアントさんがいるというのも大きく違いますよね。
西川:それもありますね。いくらこの案で行ける!と思っても自分だけでは決められなくなります。クライアントから指摘されて初めて気づく事も多いですが、時にはこちらの考えとは違うことを希望されることもあります。その時は相手の真意をくみ取りながら、いかに自分のやりたいことを提案し、誘導していくかというプロセスが必要になります。具体的には案を3つぐらい提示して、その中でもお勧めはこれです、と説明して相手が選択しやすくします。
コミュニケーションって言ってしまえば簡単ですが、きちんと納得してもらえるプレゼンができるかは重要です。自分の考えを合理的に、客観的に意味を持たせて説明しなければなりません。それは相手がお客さんだろうと先生だろうと同じですが、学生のときは自己完結してしまいがちですよね。
久保:相手に分かってもらえるプレゼン力、私も身につけたいです。就職活動はどうされてたんですか?
西川:一番最初に受けたのが今の会社で、運良く通ったので、ほとんど就活らしい就活をやっていません。でも、建築に関わる仕事ってかなり幅が広くて、芸工で勉強したことってもっと応用が効くものだと思うのです。だから最初から設計に絞る必要はなかったのかもしれません。例えば、コンサル関係、デベロッパーとか、今の自分たち(設計者)を使う立場の仕事もよかったかなと思います(笑)。
実際のところ、芸術工学部で育てる人材は「ディレクター」だと考えています。ただ、ディレクターをやるにはひとつ専門が絶対に必要になる。オーケストラの指揮者といっしょで。ひとつ自分の強みを持ってないと外部に対して何も言えない。やっぱり深く突っ込んだ何かを持っているというのは重要だと思います。
「2.芸術工学とは?」
西川:今までのクロストークの記事を読ませてもらっていると、必ず最後に「芸術工学とは?」という質問を先輩方に投げかけていると思うのですが、僕としては、最近の学生さんが芸工についてどう考えているのかに興味があります。 僕の仕事はだいたい説明したから、後は、ここにいる皆で、「芸術工学とは?」について座談会をしたいと思うのですが、いかがでしょうか。
平野:ゼミで横山先生が「芸工は学際という分野であって、理系でも文系でもない」という話をされていて、目から鱗でした。分野をまたいでいるというのが、強みかもしれません。自分はWEBなどをやっていますが、建築の人でも話を持ちかけると面白いリアクションが返ってくるので、芸工の人とは話していて楽しいですね。
西川:やっていることは違うのだけど、根っこは一緒だと思います。思考の「コンセプト」が共有されているというか。それがこの大学で重要なことだと思うんですよね。芸工は広く浅くだから、視野を狭めちゃったら他大学の学生に勝ち目がないと思いますよ。
平野:留年してあちこちで活動する中で、他大学の人から「芸工生は好奇心が強い」と言われました。例えば地場産業のワークショップにもひとりでも乗りこんでくるとか。いろんな専攻があるので、広くアンテナをはれる人が多いのかもしれません。
久保:一期生の方の卒業制作を見ていると、建築の人がプロダクトの提案をしていたり、その逆の提案もあって、すごいなと思いました。私たちの代は、専攻で完全に別れちゃった時期で…。だから、もうちょっと何かやりたかったという思いがありますね。
西川:僕が学生のときの授業で、建築とプロダクトの合同の実習がありました。今では考えられないよね。救護・介護・保護についての提案をしなさいという課題で、表現する手段も自由。そして、すごく社会的な課題でもあって、ほんと芸工らしい課題だったと思います。かなり難しい課題でした。川崎和男名誉教授が担当ということもあって、エスキスの日ごとに緊張した覚えがあります。
僕は妊婦さんをターゲットとして集合建築を提案しましたが、あるプロダクトの学生は、子どもが夜でも安全に遊べる公園を提案していました。床が光るようになっていて、親が遠くから見ていても分かるという。建築的だしプロダクト的でもある、それがすごいなと思いました。
平野:自分たちの場合、提案する最終的なものがプロダクトだとか映像だとか決めきってからつくっちゃいますし、分野を外れると先生からダメって言われちゃいますが、それって考え方として面白くないですね。
西川:その課題は専攻が違っても一緒に取り組むことができる。最初、プロダクトの人は戦地だとか被災地だとか、当時としては現実とかけ離れた提案が多くて。それに対して建築の人は目の見えない人や妊婦さんとか身近な人を捉えているのが多かった。その違いが見えた時がすごく面白かった。ぜんぜん考え方が違うとわかって。そういうことで視野が広がるのかなと思います。
あと、この課題が示しているものって、「健康」と「都市」だと思うのです。実は、芸工の出発点がそこだって知ってました? 一見脈略ないかもしんないけど、例えば、健康な生活を送るために必要なものを考えると、分かりやすく案内をするビジュアルデザインが必要だし、色々な表現手法が出てくる。まさに芸工的ですよね。
平野:健康と都市の話は初耳で、驚きました。それはぜひ引き継いでいきたいし、後輩にも伝えたいですね。
伊藤:違う分野といっしょにやるのは面白いと思うんですが…。去年、まちづくり系のワークショップがあって、デザイン情報の人たちも参加していたのでコレは楽しくなると思ったのに、まったく話が通じないというか、考え方の順序が違うというか…。難しかったです。
西川:どうやってコトを進めるかっていう方法もデザインの一部ではないでしょうか? モノだけじゃなくて、コトや人をつくったりしていく視点が必要だと思います。プロジェクトが上手く行かなかった場合は、自分で組織からつくっちゃえって考え方もあってもいいのかもしれない。ところで、近い将来に向けて何かやってみたいことってあります?みんなの夢とか。
平野:自分は、今、有松で地場産業の活性化について先輩と一緒に携わっています。そこは芸工で学んだことが活かせる分野だと感じていて、そういう所で働けたらいいなって思っています。
久保:私は大学院に行って、まだ勉強するつもりでいます。そして、まちづくりや歴史とか広い視点からの設計ができる人になりたいなと思っています。
西川:仕事をしていると日々の業務にかまけて、どんどん視野が狭まっちゃうんですよね。同じ環境にいる人との話はもちろん専門的で楽しい部分もあるのですが…。
また、様々な人が「デザイン」という言葉を使いながら仕事をしていますが、社会に出て大学の時に自分が使っていた「デザイン」という言葉と比較して、意図することに大きな隔たりを感じ違和感を覚えました。だから僕は会社では「デザイン」という言葉を使わず、「意匠」という言葉を使います。
芸工でいう「デザイン」って「統合するもの」だと思う。色々違うものを混ぜて新しいものを作っていくというプロセスであり、結果であって。見た目のような静的なものだけではなくて、もっと動的なものなんじゃないでしょうか。みなさんはどう思う?就職活動でも聞かれると思うけど。
伊藤:今、就活始めようかなってしてるところなんですが、困っていて…。他の大学に比べたら、建築の構造計算もできないし、別に絵がうまいわけでもなく…。他の人より面白いことを考えられる自信はあるんですけど。
西川:それは思う(笑)。芸工生に特有の漠然とした自信。その感覚は間違ってないと思います。ただ、「なんかすごい気がする」って言っても説得力がないので、その自信がどこから来るのか、それを活かすにはどんな手法があるのかを、考えると答えが出るのかもしれませんね。芸術工学部が英語で「Design & Architecture」なので、ほんとは両方考えなきゃダメだと思うんだけど。
久保:アーキテクチャっていうと建物っぽいイメージありますが、もっと違うものですよね。
西川:うん、思想・概念を構成するものなんですよね。例えば、プログラムを作る人もアーキテクトって呼ばれる場合があるでしょ?システムを立ち上げることもそう呼ぶんですよ。芸工にいるならぜひデザインだけでなく、アーキテクチャって言葉も勉強して欲しい。
最後に僕の持論ですが、僕は最高のデザインのフィールドは、政治だと思っています。学生の頃から町長になるって言っていて(笑)。いつか政治の世界でデザインができるといいなと思っています。それが今の夢ですね。
インタビューアー
平野佑典
13期生(平成20年度入学)デザイン情報学科
西川さんのお話を聞いたり、ほかの卒業生の方を見て、芸工生のポテンシャルの高さと活躍できる分野の広さはすばらしいと思いました。僕も皆さんに恥ずかしくないような芸工生を目指そうと改めて思いました。
久保祐里子
13期生(平成20年度入学)都市環境デザイン学科
意匠設計は統合することも重要な仕事であって、でもそこもデザインなんだと西川さんがおっしゃっていたことが印象的でした。アーキテクトという言葉は、色々な分野や情報、人を統合してものごとを新しく組み立てていく人のことであって、私も視野を広く持ったアーキテクトをこれからも目指していきたいと思いました。
伊藤里紗13期生(平成20年度入学)都市環境デザイン学科
組織設計事務所でどのように仕事をしているのか、アトリエ系事務所と違う点はどこか、という話は進路を考える上で参考になりました。また、西川さんの充実した学生生活の話もうかがい、私も負けないくらい充実した時間を過ごしたいと感じました。