Vol15. 2012年3月 寺井(深津) 真理さん 芸術工学部6期生


株式会社ベネッセコーポレーション
編集者

寺井(深津)真理

6期生 生活環境デザイン学科 平成16年度卒業
大学院芸術工学研究科博士前期課程 平成18年度修了
鈴木賢一研究室

―まず、学生時代のことを教えてください。

学部から鈴木研究室に所属していて、院生時代にはちょうど、「だがねランド」の立ち上げに関わりました。2011年の日本建築学会賞を受賞したり、今でこそ定着していますが、立ち上げのときは手探りでしたね。だがねランドのキャラクター「だがねずみ」とか通貨「ダガネ」とかも私たちの時にデザインしたんですよ。
だがねランドは子どもたちを対象にした、まちづくりや建築の体験型の学習プログラムです。名古屋都市センターを会場にして大学生や建築家と一緒に、夏休みの前半に建築やまちづくりのワークショップをした後、紙管や段ボールなどで実物大のスケールで商店街をつくります。このとき作業をした子どもたちには仕事の対価として、ちゃんとダガネを支給します。後半は自分たちで作ったまちで働き、遊ぶんです。商品を作ったり、それをダガネで売り買いしたりして。このようなリアリティある建築学習のシステムは、当時全国で初めて(!?)だったんじゃないかな。

―今はベネッセで働いているということですが、ここを受けようと思ったきっかっけは何ですか?

子どもと建築と教育というキーワードで会社を探していたんですが、愛知万博の市民プロジェクト「漂流日記」をやったこともあって、最初は広告代理店をいくつか受けてました。でも、広告代理店系は受からなかったんですよ。そんなときに「君のやりたいことってベネッセとかもあてはまるんじゃない?」と尊敬する人にアドバイスをいただいて。エントリーしたらトントン拍子に進み、内定をいただいたんです。
採用枠は営業と編集の二つがあったのですが、ベネッセでは入社後に適性を見て配属されます。私は編集に配属されて教材の制作に携わっています。教材といっても、教職の免許を持っている人は半分もいないかな。文系と理系と半々ぐらいでいろいろな人がいます。
採用試験では新聞の広告制作というグループワークが課題で出されたのですが、きちんとコミュニケーションができるかが見られていたと思います。仕事は自分一人ではできなくても、人と相談や協力することで、完成させることを求められるからです。

―どのようなお仕事をされているのですか?

寺井さんが描いたラフ画を見せていただきました。実際に出来上がったものと見比べると面白いです。(チャレンジ2年生「はてな?はっけんブック」より」)

最初は進研ゼミ小学講座の社会科の教材を2年間担当した後、希望していた副教材の担当になりました。副教材というのはお楽しみの読み物や投稿ページなどで、主要教科は指導要領があるのである程度決まった方針がありますが、副教材にはそれがないので、子どもたちに何を届けたら良いか、一から考えます。
約60ページの冊子を3人ぐらいの編集者で作っていますが、こんなふうに私たちがラフ画を描くんですよ。デザインをしたことのない文学部出身の人も。これをもとにデザイナーやイラストレーターに発注します。そして、あがってきたデザインに対して、文字校正やレイアウトの変更などあれこれ赤入れをしながら、一緒に作っていきます。そういうクリエーターと試行錯誤しながら作り上げるのは楽しいですよ。デザイナーでも、こちらのラフをガラっと変えてデザインする人もいれば、そうでない人もいて。タイプが全然違うので、企画によって頼む人を決めます。その時々で仕事の仕方も変わってきますが、基本的に編集はすべての工程を把握しているし、ゴーサインを出すのは編集の役目です。
以前、芸工の友人に「アートディレクターみたいだね」と言われました。誌面のデザインをするのは私ではないですけど、そのディレクションをしているように見えたのでしょう。

―編集者がラフを描くなんて意外でした。仕事の幅が広いですね。では企画はどのように考えるのですか?

企画のアイディアのおおもとは子どもです。ベネッセでは子どもたちへのアンケートやヒアリングを積極的にしていて、それを参考にしています。好きな色とか、人気のスポーツとか。
以前作った職業についての副教材では、子どもに人気のあるサッカーの選手を取り上げました。小学5年生ぐらいだと「好きだからこの仕事がしたい」と思っているんですけど、いくら好きでも皆がサッカー選手になれるわけではない。でも、サッカーの記事を書くライターという仕事もあるよ、と教えてあげることで視野が広がりますよね。この冊子ではあこがれる身近な仕事から周辺にある違う仕事へつなげていこう、というコンセプトで作りました。

―面白い企画ですね。大変なことも多いですか?

私もやっていたチャレンジ、懐かしいです。その制作の裏側を話していただきました。

たくさんの人が関わって制作しているので進行管理が大変ですよ。ひとつの特集をデザイナーやライターなど多くのスタッフと関わりながら3カ月かけて作っていて、月刊の冊子でいくつかのコーナーを担当していると、4月号の色校正をしながら5月号のデザイン依頼をして…、と常に企画が同時並行で動いていくことになるんです。発行日は決まっているので予定通り進めていかないと大変な事になるじゃないですか。自分でスケジュールを立てるんですけど、慣れるのには相当時間がかかりました。入社して半年ぐらいはOJT(On-the-Job Training)といって、上の人に教えてもらいながらやって、だいたい1年ぐらいで何とか一通りできるようになると思います。
今までやってきたことや特技などは、最初のうちはなかなか発揮できません。よく、就職活動中の学生さんが「即戦力になりたい」と言ったりしますがなれるわけがない。報・連・相(ホウ・レン・ソウ)とか取引先との対応とか、社会人として基本的な動作ができて初めて、得意なことが活かされるようになると思います。3年くらい経ってある程度できるようになると、今度は自分の強みを伸ばして頼られる人材になっていかないといけません。

―私も即戦力という言葉を使っていましたが、反省したいです。入社して芸工時代と変わったことはありますか?

芸工生って提出の締切ぎりぎりまで粘って、課題の細部にまでこだわったりする人多いですよね。私はめちゃめちゃそういう気質でしたが、今は良くも悪くもそういうのを残しつつ、そうじゃなくなったかなって思います。最後までこだわり続けて10時間残業しても、子どもたちにとっての価値は数パーセントしか変わらなかったりする。それなら、新規の企画にあてた方がいいかもしれない。ラフを裏紙に描いたりセロハンテープで切り貼りしたり、大雑把に仕上げてもそれで伝わる。下手にこだわるよりちゃんと締切を守り、全体をきちんと伝えることに意味があると気付きました。これは仕事を始めたことによる変化ですね。

―自分のことだけを考えればいい学生時代ではなく、それ以外のこともきちんと考えないといけない。その中で逆に変わらないことはありますか?

探求心は変わらないと思います。新しいもの作りたいとか、人と違うデザインでものを作りたいとか。モチベーションが下がる時もありますけど、できてきたり山を越えると、次は仕上がりが楽しみになってまた頑張れる。芸工時代にものを生み出す悩みとか苦しみをたくさん経験したおかげで鍛えられたのかな。いろんな人と関わりながら作っているのも、救いになっているかもしれません。デザイナーから刺激を受けたり、社内の人に相談したりできますから。クリエイティブな仕事をしているのであれば、相談相手は多い方がいい。社会に出て、仕事は一人でするものじゃないと思いました。

(インタビュー:2011年7月19日)
インタビュアー

宮城真紀
13期生(平成20年度入学)都市環境デザイン学科 原田昌幸研究室
エクステリア業界に就職予定

−インタビューの感想−
小学生からお世話になっていたチャレンジの話に花が咲きました。
どの仕事もですが、多くの人たちと関わりながら進んでいくこと、
また社会人としての責任を教えていただきました。
就職する前にインタビューができ、良かったです。

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