Vol10. 2010年11月 伊藤 景司さん 芸術工学部6期生


海外マーケティング
ソニー株式会社

伊藤 景司

6期生 視覚情報デザイン学科 平成16年度卒業
森島 紘 研究室
6期性 視覚情報デザイン学科卒業 伊藤景司さん

-伊藤さんがどんなお仕事をされているかお聞かせください。

ソニー株式会社のVAIO & Mobile事業本部にて海外マーケティングに従事しており、中国エリアを担当しています。中国における同業界の実情を注視しながら、どのような商品を、どのようなタイミング・価格で投入すれば、効果的な売り上げや利益が計上できるかを考え、実行することを業務としています。

提案・企画の内容に関し議論し、実現可能性について設計・企画も含めた関係部署と調整して、的確にアクションに結びつけることを行っています。適切な調整や交渉を実施しないとスムーズに事業が動かず、ジャッジのスピードが遅くなり、効率が悪くなります。ビジネスをきちんと実践的に学習し、向上していくことができる点で、今の仕事はとても勉強になってます。

現在入社3年目ですが、まず入社して2年間は群馬県の営業所に配属され、電機量販店を中心とした営業をやっていました。売上が達成されるための交渉が主な仕事でしたが、店舗スタッフのトレーニングも同時に行っていたので、自分自身が販売の見本を見せる必要があり、店頭に立って接客もしました。

体力勝負な部分もありなかなか大変でしたが、お客さんと直接接するのは大切なことで、直接ユーザーに長時間接しながらニーズを聞き出す機会は、今後は非常に少ないのではないかと感じています。今年の6月に東京に戻ってきてからまだ4ヶ月で仕事に慣れるのも大変ですが、営業での経験を活かしつつ、現在の業務をまずはきっちり1人でハンドルできるよう努力しているところです。

-お客様の声を直接聞いた経験を生かして、企画・マーケティングのお仕事をされているのですね。芸工時代は主にどんなことをされていましたか?

森島先生がやっていた「バナナプロジェクト」に、早期から参加していました。このプロジェクトは、アフリカや中南米で主食として食されているバナナに焦点をあてた国際協力プロジェクトです。

バナナは茎の成長が非常に早く、しかも1回実をつけると成長した数メートルの茎はすべてゴミになってしまう。そこで日本の紙漉きの技術を応用してゴミになっている茎から紙を作ることができれば、バナナを主食にしている貧しい国が救えるのではないかと考え、立ち上げられたプロジェクトです。紙を作る仕事も生まれるし、教育で必要な教科書で使う紙も作れる。しかもゴミも減らせる。非常に相乗効果が高いプロジェクトだと思います。

具体的には、青山の国連大学での展示、中南米から様々な関係者を招いた紙漉きworkshop、森島先生とのコスタリカ、ジャマイカ、ホンジュラスでのfeasibility Study等に参加しました。最終的に、私たちが卒業する時期に愛知万博が開催され、私は ワークショップのプロジェクトを担当し、ブースで子どもたちに紙漉きを教えていました。

-芸工での思い出やエピソードは何かありますか?

4年の最後の時期はとにかく大変でした。卒業制作、卒業論文をやりながら、愛知万博に携わり、加えて大学院の受験勉強にも取り組んでいました。愛知万博だけでほとんど寝る時間無いほどなのに、取り組んでいるものすべてに対して、高いクオリティを求められました。そのおかげで、どんなに大変なことがあっても耐えることができる我慢強さと粘り強さを得ることができました。同時に厳しい環境でもいい結果を残していこうという精神力も身につきました。

-デザイン系就職や芸工の院ではなく、名古屋大学の経済学部に進学されたのはどうしてでしょうか?

いわゆるデザイナーになる選択肢も当然ありました。当然以前はそれをめざしていましたがこのままデザイナーとしてキャリアを築いて行っても、自分が目指しているようなデザイナーになれないと考えた時期がありました。すこし未練はありましたが、バナナプロジェクトで森島先生に影響を受けたこともあり、困っている人をどう助けるか、人をどう幸せにしていくかということを、今後人生で自分が目標にしていきたいと考えるようになりました。

その後、国際開発を勉強しようと決め、進路を他大学院進学に変更しました。そこから1人で芸工棟の4階のテラスにこもって、国際開発、おもに国際経済学の本を山積みにして半年間ひたすら勉強していました。まったく経済学は先攻していなかったので、完全に独学で非常に苦労したことを覚えています。

大学院では貧しい人をどう助け、生活を豊かにしていくか、幸せをどう生み出していくかということを中心に研究をしていました。授業はほぼすべて英語で、私のゼミは8割が途上国から来た留学生でした。単純に進学している留学生もいれば、開発途上国の官僚も混ざっており、彼らはどうやって自国を豊かにしていくかを日本の開発経験も参考にしながら、学習・研究している非常に優秀な人たちが多かったと感じました。そのような環境にいたこともあり、机の上でだけではなく現地の経験が必須だと感じ、1年休学してカンボジアに行きました。

-志を持ってとことん突き進んでいったのですね。カンボジアにはどのようにして行かれたのですか?

インターンに応募し 、1年間JICA(国際協力機構:発展途上国に対するODA(政府開発援助)の中核的な実施機関)の組織の契約社員として、給料を頂きながら現地に住んで業務に携わっていました。

そこで実際に感じたことは、本当に大事なのは機会であるということです。機会が無いと努力している人もそれが報われない状況に陥ってしまう。そのためには、例えば教育が必要で、学校や教育のカリキュラムも必要になってきます。先生のトレーニングもしなければいけません。JICAでは、教育も含め、農業、インフラ、保健、協力隊、援助協調等の多岐にわたる事業を現地にて実施していました。それは、日本にいるのとは違い、非常に貴重な経験であったと感じます。

日本とは全く違う環境に飛び込んで1年間生活や仕事をした経験は、その体験があるとないとでは大きく違うと感じます。海外、特に途上国での生活や経験を持っていない人が多いですが、時間があるときにできるだけ深い経験をすると今後の人生に深みがでると思います。

-カンボジアで様々な経験をされたのですね。それを生かして、どのような就職活動をされたのですか?

民間企業の国際的に幅広く事業を展開している企業に就職したい気持ちが強く、カンボジアでの経験や、国際協力学の研究をやっていた経験をもとに就職活動を行っていました。そこで、タイミングよくソニーに就職することができました。ソニーは売上の多くを海外で計上し国際的に事業を展開しており、今までにない新しいものを作っていこうということを考えている組織だと思います。

営業をやっていた時に感じたのが、ソニーの商品を求めるお客さんはその商品が本当に欲しくて買いに来て下います。購入された方はとてもうれしそうにしていて、もらった人はちょっと幸せになるような商品を作っています。商品を手にした方々に幸せをちょっとずつ分け与えることができる企業だと考えていますし、そんな会社は多くはないと思います。今後は、可能であれば海外赴任をしたいと考えており、開発途上国へ行きたいと希望を出しています。

-自分に合った会社を見つけて、入社されたのですね。では、これからの目標を教えて下さい。

大きな組織に所属することや、独立やベンチャー等の小さい会社に所属することは、それぞれ得られる経験が違ったりするけれど、やっぱり自分のやれることは限られています。今の私は組織の何万人分の1人という立場で、とても小さい存在かもしれないけれど、その中で自分がどういう役割を果たすことが出来ているのか、その中でどのように生きていきたいかを考えることが非常に重要であると感じています。

今の私たちは日本にいて、おいしいもの食べることができ、様々な機会が周りに多くあります。お金もある程度はあります。一方、世界中には困っている人たちや貧しい人たち、生きることに困難を覚える人々が世界中にいます。そのような人たちの為に、私たちはどのようなことができるかを考え、生きていきたいと思っています。

-最後に、伊藤さんにとって芸術工学とはなんでしょう?

いかに幸せを作るかを考えること。芸術と工学が融合するように、私が携わってきたことは、様々なジャンルが交じっています。それによって、今までになかった新しいものを生み出すことができ、それが人に豊かさや幸せにつながっていくのだと信じています。
インタビューアー

v稲垣 裕美子 13期生(平成20年度入学)デザイン情報学科
Webデザイン・ソーシャルゲームクリエイター志望

-インタビューの感想-
自分で決めた道を軸を持ってブレずに生きていらっしゃるんだなと感じ、そうできるのは決意の硬さなんだろうと思いました。何か一つに向かっていけるのはすごいです。ブレずに目指すことができる目標を見つけたいです。

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