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Vol14. 2012年3月 一宮 しのさん 芸術工学部5期生
デザイナー
一宮 しの
5期生 生活環境デザイン学科 平成15年度卒業
三上訓顯 研究室
―大学を卒業してからは何をされてましたか?
まず、卒業してからは建築デザイン事務所に1年いました。芸工で学んできたことと違い、格好良い格好悪いという、感性だけでプランが進んでしまうようなところだったので、違和感を感じて過ごしていました。でもここで鍛えていただいたお陰で、パースはとても魅力的に描けるようになりましたけどね。
その頃に三上研究室のOBOG現役生の集まりがあったんですけど伊藤先生(現在名古屋工業大学准教授、当時三上研博士後期課程在籍)がいらしていて、建築事務所のスタッフを探しているんだけどやらないか?と誘って下さって転職しました。あと伊藤先生のご紹介で、愛知産業大学の非常勤講師も一期だけしていました。
―転職先の建築事務所ではどういった仕事をされていましたか?
事務所の名前はTYPE A/Bというんですけど、建築・プロダクト・グラフィックなどのデザインだけでなく、企業や店舗のブランディングやプロデュースまでやる所で、グラフィックの文字組などの細かいところや、ブランディングを行う際のマーケティングなど、たくさんのことを学びました。もちろん建築設計もやっていて、店舗のデザインをする際は、ブランディングからグラフィックまで一貫してやっていました。それから他の事務所とコラボレーションして展覧会を行ったりもしていました。
事務所に入って2年目くらいからはただ教えられるというだけでなく伊藤先生と一緒に作っているな、という実感がありましたし、特に入社当初から関わっていた、店舗兼住宅のCad:coには物件探しから建築設計・ネーミングなど並々ならぬ思い入れがありますね。
―同時期に非常勤講師もされていたようですが、どういったことを教えていたのですか?
非常勤講師では、学生に建築のプレゼンテーション方法を教えていました。始めは、何を教えようかと悩んだんですけど、技術的なことはもう授業で学んでいて、そういったことは自分たちでやっていけば良いと思ったので、実習をブラッシュアップさせるための講義にしようと考えました。
自分のプランがいかに良いかをうまく説明できていない子がほとんどだったので、それをもう少し引き出してあげられるように、リサーチ方法や表現方法を教えました。例えば、コンセプトシートを作成することで考えを整理することや、パース1枚描くにしてもどこに人を描くのか、それ次第でパースが生きたりする。そういったことを教えていました。私の知っている知識の中で、学生さん一人一人の個性が出るように。あと、分からないから教えてもらってないから、できませんという人には、調べ方を教えたりしました。全てを教えるんじゃなくて、ヒントをあげる感じですね。
―自分自身の経験を生かした講義をされてますね。なかなかできない経験ですがどうでしたか?
非常勤講師って人前に立って話さなきゃいけないじゃないですか。私は小心者なんで、すごく緊張しました。数ヶ月前から入念に準備してたんですけど、3日前からご飯がのどを通らなかったり、時間を計って家でぶつぶつ話す練習もしてました。だんだんと慣れてきたんですが、もともと半期だけと決めてましたので継続の依頼は丁重にお断りしました。
この頃から海外の大学院に行きたくて、事務所をやめて3ヶ月ほど語学留学しました。このまま日本で毎日たった数時間英語の勉強のしたところで埒があかないと思って。丁度自分が担当していた住宅(Cad:co)が竣工して、タイミングが良かったのもあります。周りにはとめられましたけどね(笑)。
―留学にとても興味があるのですが、その時のことを詳しくお願いします。
留学先はフィリピンでした。ここは留学費用が安くて、1対1で家庭教師をしてくれる利点が有るんですよ。留学生の宿舎に、レベルや授業内容に応じて現地の先生が来てくれるんです。韓国では有名で、一度フィリピン留学で英語の勉強した後、欧米に留学するのが主流らしいです。
フィリピン留学の後、東京に出て派遣会社に入り、某有名ブランドへ派遣されました。英語の勉強をしながら仕事をしていたのですが、志望していたシンガポール国立大学の大学院試験に落ちてしまい…。これはお前日本で頑張れっていう天の声かなって思って(笑)、ここ日本で頑張ろうとなりました。
―大学院に落ちた後も派遣会社で働いていたのですか?
英語の勉強をするための時間が欲しかったから派遣会社で働いていたので、落ちた後はやめました。
その後貴金属やドッグオーナー向けの商品を取り扱う会社で働きつつ、ご縁があって始めた赤坂の店舗運営準備に奔走していました。その会社では、会社の立ち上げから関わっていたので、広報から雑用まで色々やりました。どういったものが売れるか、市場展開を考えるのも楽しかったですね。店舗の方は、イタリアンレストランの居抜の店舗がある状態から始まり、私と同い年のメンバー三人でターゲット層やテーマからお金の管理方法まで全部考えていました。香りをテーマにメニューとサービスを提供し、日替わり・時間割制で店舗を運営していく、という面白い試みだったと思うんですけど破談になっちゃいました(笑)。
―では現在は何をなさっているのですか?
今現在は、フリーランスのデザイナーとして始めたばかりです。
まだまだお金にならないに等しいけれど、絵本の装丁のお仕事や、マンションのリノベーション、シェアハウスの物件探しとリノベーションなんかのお話があります。それも旅先のインドで出会った方だったり、シェアハウス仲間から、といったご縁でお話をいただいてます。
最近は20代で起業している人たちや、面白い事やろう!というパワーのある人たちと出会うことが多いので、そんな人たちと一緒にコラボしながら楽しくやっていきたいですね。
―驚きました。様々なことを経験されていますね。
よく言われます(笑)。 生活環境デザイン学科に在籍してたので、周りから「建築以外もほんといろいろやるよね」と言われたけれど、私からしたら何も変わっていないと思います。モノとかコトとかを造り出して行くことに、なにをやるにも変わりはないと無いというか。形を、どういうものをつくるかが結果的に違うだけで、プロセスは変わらない。だから逆に、何が違うの?とも思います。ご縁があったもので面白いと思ったものはやりたい、って思っちゃうんですよね。ただ単にモノをデザインするというよりは、企画段階から入っていってストーリーを構築していくことの方に興味があるので、たくさんの人と関わりながら、その中で技術的に自分ができることをやっていければいいな、と思います。
それは芸工にいたからこそ、そう考えられるようになったんじゃないかな。様々な専門分野の先生たちがいて、学生がいて、やっていることや考えてることも違うのだけど、たくさんの人と一緒に過ごす事で、何をするのにも大した垣根はないんだって教えてもらった気がします。
卒業して8年経つけど、腹を割って話せるのは芸工の子たちだと思います。根本的な志が似てるからかな。同じ空気を持っていて、同じ環境で過ごせた人ってそうそういないですよ。苦楽を共にしてきたし、良い面も嫌な面も全部見せてきてますからね。芸工は本当に楽しかった。
今も芸工の子と一軒家をシェアしています。家族の次に気を使わなくていい子なんです。今はちょっと中断してますが、外国人の方の滞在先として家を提供したりしています。他にも友達や、友達の友達なんかも泊まりに来たりパーティーをやったりしてるので、毎日賑やかですし、また色んな人と考えを共有できて楽しいですよ。
―芸工の素晴らしいところを再認識しました。一宮さんにとって芸術工学とは何でしょうか?
『右脳と左脳、感性と論理、そのバランスを持つ力を養う。』
…という中途半端でかつ矛盾を帯びた言葉です。
でもこの中途半端で矛盾している感じがとても好きなんです。
わたしにとって芸術工学という言葉は、普段は頭の片隅に隠れていて、ひょんなことで飛び出して来る、一生のパートナーです。デザインをするときだけでなく、色んな分野内でも、二項対立するものを考えた時いつも思い出すのが芸術工学という言葉です。白黒はっきり決めなくてもいいじゃん、って思わせてくれる。
でもそれはただの言葉であって、難しく考える必要はなくて、目の前にいる人のために、愛情を持って自分に何ができるか真剣に考え行動することが大事ですよね。
―それでは最後に学生へメッセージをお願い致します。
大学時代は、たくさんの人と会話をすること、話を聞くこと、とりあえずやってみること、誘われたら断らないこと、なんかを頭に入れておけば良いのではないでしょうか。色んな人がいて、色んな意見を聞かされて、頭の中と感情が一緒にならないときってあると思うんですが、その中でふと身体に入ってくるものもあるはずだから、それを選んで行けば良いと思います。
色々経験して、中途半端で矛盾だらけの面白い人になってほしいですね(笑)。
(インタビュー:201)
インタビュアー 宮城真紀
13期生(平成20年度入学)都市環境デザイン学科 原田昌幸研究室
エクステリア業界に就職予定−インタビューの感想−
自分がやりたいと思うことを沢山経験されており、インタビューを始めてすぐに一宮さんのお話に惹き込まれました。
凄いなと感心すると同時に、とても羨ましいとも思いました。
記事にはしていませんが、いくつかの人生の相談にのっていただきありがとうございます。
Vol9. 2010年8月 土井 梢さん 芸術工学部5期生
建築設計
笠嶋淑恵建築工房(現在は別の建築事務所で就業中)土井 梢
5期生 生活環境デザイン学科 平成15年度卒業
鈴木賢一研究室
―卒業後初めに入社された株式会社スペースでのお仕事について教えて下さい。
スペースは主に店舗内装の企画・設計・監理・施工をしている会社で、店舗設計をしたくて選びました。仕事の内容としては、設計だけじゃなくて、積算から監理施工までを一貫して1人でやれるのが特徴です。このことは後に独立してやっていくにしても勉強になります。
私の場合、カフェなど飲食店の内装をする部署にいました。スペースでは早い段階で設計をやらせてもらい、現場に行ったり、お客さまにつくのも早かったです。
―リレー形式ではなく、全段階を自ら踏んで内装を作り上げるのがスペースでの仕事の魅力ですね。その後、建築設計事務所に転職した経緯を伺いたいです。
スペースでは初めからいろいろやらせていただいたおかげで、
2年ちょっと勤めて一通りの仕事をさせてもらえました。そこで内装だけでなく、
やっぱりハコ(建築)からやりたいなって思うようになり、スペースを辞めました。
次に転職した建築の設計事務所では、スペースとは仕事の内容が全然違っていたので、一から勉強という感じで、指示通りに住宅の図面を描くことから始めました。それから、経験のある所員の方と一緒に、住宅設計の計画の段階からやらせてもらったのが2年目です。
スペースでの経験があったので、インテリアと建築の両方のことが分かるのはよかったと思います。
その後この建築設計事務所を退社し、仕事から離れて一級建築士の資格を取りました。
―今日はお子さんもご一緒ですが、育児と現在のお仕事について教えていただけますか?
10カ月の子どもを育てながら、笠嶋淑恵建築工房(現在は別の建築事務所で就業中)で週4日働いています。
笠嶋先生は芸工で非常勤講師をされていて、学生時代のアルバイトからお世話になっていました。
笠嶋先生ご自身育児経験があり、育児との両立について配慮していただいています。
シュタイナーの教えや、人智学、子どもの教育の観点から建築を考えている方で、
私の子どもが通っているのも、笠嶋先生が改装した保育園です。
部屋が多角形だったり、それぞれの部屋にキッチンカウンターやロフトがあったりして、おもしろい保育園ですよ。
子どもができたことで、学生の頃より教育の観点に立った建築に興味がわきました。
笠嶋先生に「子育ての経験はあなたの設計人生において、確実にプラスになります。」といわれたことが
とても印象強く、心に響きました。
確かに女性が社会でがんばっていくのは大変だけど、子供を産むことでみえてくることってありますよね。
例えば、新婚の2人でいるときはワンルームの広い家がいいと思っていても、
子どもができることで生活の時間帯が違うから間仕切りが必要だって気付いたりとか。
そんな気付きをデザインに活かしていきたいなと。
子ども向けにしても、お母さん向けにしても、
男の人がわからないことを自分のデザインの糧にしていけるんじゃないかと思いますね。
―育児経験はデザインに活かせるのですね。
社会全体として、仕事と子育ての両立はしやすくなっているでしょうか。
大企業は産休も取りやすいみたい。でも建築業界自体は、まだ女性が子ども産んでからいい条件で働くのは難しいと思います。定時に帰るとなると、十分な仕事をもらえないのが現実です。
だから建築をやる女性は、企業でやっていくより、いつかは自分でやれるようになるといいなって思いますけど。子どもから手が離れるまでは、今後のための知識を蓄える期間だと、今は割り切っています。
ある程度したらゆったりするためにも、若いうちにがむしゃらに、やれるだけやっとくのは必要ですね。だから辞めるにしても、仕事をしている間につながりをつくっておくのが大切かな。
そういうことが、後に仕事を直接もらったり、条件に合う事務所に入れてもらうことにつながります。
―建築の仕事を目指す方って大学院に行くことが多いと思うのですが。
大手企業の中には大学院卒を求めることもありますが、事務所だと学歴よりも実力重視だと思います。
だから学部卒で就職して早いうちから仕事を覚えられるのも逆にいいんじゃないかなと。
私は学部時代、鈴木先生の研究室で病院の壁画を描いたりしていたので、
大学院で研究室に残って子どものための空間について研究したいとも思っていました。
ただ、スペースに内定をもらって、早く働きたい気持ちもあって就職を選びました。
大学院卒業後に就職すると、同期が年下でやりづらいこともあったり、
女性の院卒を使いにくいと感じる上司もいるみたいです。
もちろん、院に行けば専門的な知識も深まりますし、その専門分野を活かした仕事に就けると思います。
―土井さんはどんな学生生活を過ごしましたか?
その後その経験をどう生かされました?
課題はちゃんとしましたし、設計事務所でのバイトもしましたけど、基本的に遊んでただけな気がします(笑)。
海外旅行とかも行きました。その経験は勉強にもなりました。例えばイタリアのフィレンツェなら、外観を揃えて街並みを大切にしています。屋根の色が揃っていて上から見た景観がきれいとか、外観を崩さないように建設中の工事の仮囲いに建物の絵が描いてあったりとか。そういう考え方がもっと日本にあってもいいんじゃないかなって思うようになりました。デザインしていく上でも、後からその時の写真を見ながら考えることもあります。
あと、世界観が変わりますよね。建築を仕事にしてる身だから、建物は建てるものっていう概念がまずあるけれども、海外に行くと建築よりも自然の方がすごいんじゃないのかな、建物を建てない方がいいんじゃないのかな、って考えたりします。
だから、日本にないものをいっぱい見とくといいですね。
あと、ポートフォリオに海外で描いたスケッチを載せたんですけど、面接で評価がよかったです。
学生のうちに遊べるだけ遊んだから、
働き出したり子どもができたりして自由がなくなっても、今は仕事をがんばろうって思えます。
-芸工にはいろいろな分野がありますけど、
それをどう活かしていけばいいですか。
仕事やり始めたら、一つの分野でやっていくことが多くなっていくと思うから、学生のうちからそこまで知識を深めなくても、広く浅く手を出してもいいんじゃないかなって。技術は働き出せばつくし、いやでも専門性を持つから。なんでもやってみて、いろんな分野のいろんな考え方をもっていれば、頭が柔らかくなるんじゃないかな。
芸工の同期には大学の専攻とは違う分野の職を楽しんでいる人がたくさんいますし、私も大学では建築をやっていたけど、最初の会社では内装をやりました。だって全部つながってるんだから、建築から中を考えてもいいし、インテリアから建築を考えてもいいし、大きく言えばプロダクトから建築を考えてもいい。
私が今やっている建築の仕事で言うと、教育にもつながってます。
それに、違う分野の人がいればいるほど面白い仕事ができる。
建築やってる人と家具やってる人や映像、グラフィック、
いろいろやってる人がユニット組んで仕事したりするじゃないですか、
そういうのって刺激し合って一つのものをつくっていくし。
だから、固執せずにいろんなことに興味を持つのがいいと思います。
いい意味で適当にね、何でもプラスに考えればいいと思います。
それこそ学科の域を飛び越えて、授業に参加してみてもよかったなと今は思います。
―土井さんはプラス思考が印象的です。
最後に、土井さんにとって芸術工学とは何か、教えて下さい。
いろんな場面でのいいなを足していくことかな。
アート的なものの根底に基礎みたいなものを付け加えて、説得力を付けるような。
でも私は芸術工学とは、なんて深く考えたことないですよ。
私の中で芸術工学は、ほわんとして、輪郭がなくて、「何か」って言い切れないものです。
インタビューワ 内田 晴香
12期生(平成19年度入学)都市環境デザイン学科 三上訓顯研究室
家具業界に就職予定-インタビューの感想-
仕事と家庭のどっちも捨てがたい…と考えていましたが、
お話を伺ってそれはその時悩めばいいし、
少なくとも今あきらめる必要はないと感じました。
仕事や育児にこだわりを持ちつつ、ご自身を縛る頑固さは持たない土井さんの考え方は、
芸工の「柔軟性」というプラス面に通じると思います。







