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Vol16. 2012年5月 林 典子さん 芸術工学部8期生
株式会社ケイ・ウノ
宣伝広告係林 典子
8期生 生活環境デザイン学科 平成18年度卒業
山口良臣 研究室

―林さんの仕事について教えてください。
ジュエリーの販売やデザイン・制作をしている会社の宣伝広告係で、プレス(広報)や販売企画をしています。
具体的には季節ごとのフェアや雑誌広告の企画をするのですが、先日担当した女性雑誌のタイアップ記事では、雑誌編集者と誌面構成を考えたり、モデルの撮影に立ちあったりと、良い経験をさせていただきました。ブライダルイベントのブースデザインをすることもあります。いかにお客様に楽しんでいただけるか作戦を立て、ディスプレイはもちろんブースのレイアウトや色味、入口の形などをデザインします。
また、販促物やショップ袋、ジュエリーケースなどのディレクションをして、社内のデザイナーと話し合いながら作ることもあります。自分でIllustratorなどを使って制作をするわけではないですが、意外に芸工らしいことをしていますね。
―林さんはどのような学生だったのですか。
私たちの頃は今よりも実習の選択が自由でしたので、プロダクトやグラフィック、映像など色々な科目に取り組んでいました。もちろん実習も楽しかったのですが、課題に黙々と一人で取り組むよりも学校祭のようにみんなで企画してつくり上げることの方が魅力を感じていました。新入生歓迎会やクリスマス会を企画して走りまわっているのが好きな学生でした。
―そうした経験から仕事を選んだのですか。
就職活動では、自分が本当にやりたいことが始めはわからず、自己分析をしたり色々な業種のことを調べたりしていました
就職活動って恋愛みたいなもので、相性があったら受かるって聞きますよね。だから受かったところが運命の場所なんだろうって、たくさんの会社の説明会に行きました。でも、始めは選考を受けていてもどこかピンとこない会社ばかりで、そういう会社は結局落ちてしまっていました。そして夏を過ぎても内定が貰えず焦り始めたころに、ケイ・ウノに出会いました。
就職情報サイトに掲載されているたった3行の会社説明の文章を見て、ここだ!って。ビビビっと来てすぐにエントリーボタンを押しました。
ケイ・ウノは主に結婚指輪などのオーダーメイドジュエリーの販売をしているので、「一人ひとりのために世界でひとつだけのデザインをする」という考えに共感したのだと思います。お客様の一生に一度の宝物探しのお手伝いがしたい!と、当初は接客業で入社しました。
ところが入社のタイミングがちょうど宣伝広告係を立ち上げる時期と重なり、1カ月間接客業を経験したあとに今の配属先に異動となりました。
―もともとは接客希望だったのですね。
学生の頃に3年間スーパーで接客のアルバイトをしていましたし、人と話すことが好きだったので。宣伝広告に異動してからも、一度だけ接客に戻りたいと悩んだことがありました。
でも、宣伝はお客様が私達のブランドを知る最初の扉なんですよね。接客しながらお客様の幸せな顔を見たいと思っていたのですが、宣伝広告係ではお客様の来店されている数を見れば自分たちの想いが伝わったことが分かります。そういうことに携わることができるのは、とてもありがたいことだし、やりがいを感じます。お客様と直接話す機会はなくても、社内の先輩や後輩、社外の業者の方々と話し合い、アイディアを出し合う機会も多いので楽しんで仕事に取り組むことができています。
今は入社して6年が経ち、プロモーションチームのリーダーという立場を任され、後輩も増えました。そうなってくるとマネジメントといいますか、チームのことも考えなくてはならない立場になります。最近では、周りのスタッフの夢を叶えつつ、一番効率よくスタッフみんなのパワーを引き出すためにはどうするべきかを考えるようになりました。
今は後輩のイキイキしている顔や、頑張っている姿を見られることが本当に嬉しいです。先日も少し大きめの仕事を任せた新入社員が、報告会で泣きながら「辛いことを乗り越えた」という話をしてくれて、本当に良かったなと感じました。
―仕事をする上で、何か気をつけていることはありますか。
健康管理には気を遣っています。私がピリピリしていたり、疲れて元気がなかったりすると、きっと後輩は困っていても、私に相談しにくいですよね。オフィスの空気は上司が作るものだと思うんです。私自身も新入社員だった頃、先輩に声をかけてもらったり、ちょっとしたことにメッセージをくれたりしたことが、とても励みになったことを覚えています。だから、元気に挨拶をしたり、お昼休みに話しかけたりして、みんながホッとできるような雰囲気づくりをしようと心がけています。
学生時代よくしていた徹夜も絶対しないですね。仕事では、いかに時間内にクオリティの高いものを仕上げるかが重要だと思います。
そして仕事は仕事、仕事が終わったらプライベート、としっかり分けています。プライベートでは会社ではできないこと、例えば、情報を取り入れる時間として使うようにしています。街に遊びに行っても、素敵な看板やディスプレイを探したり、楽しい買い物ってなんだろうって考えたりするように意識しています。
―逆に社会人になってからも学生のころと変わらないことはありますか。
「来てくれた人を楽しませたい」それは学校祭や新入生歓迎会の運営のときも、今の仕事でも変わらない想いです。そして、各担当者がバラバラだと何もいいものはできないので、役割を分担して進行状況を見て…。皆で足並みを揃えることの大切さは変わらないですね。
それから、学校の授業でプロダクトを作るにしてもポスターを作るにしても空間をデザインするにしても、社会やそれを使う人のことを考えてデザインしますよね。私は今雑誌を作ったり、ネットに載せる言葉を選んだりしていますが、やはり同じポイントを意識しています。どんな仕事をするにしても、社会や人のためを考えなくてはいけないと思っています。
―学生時代にしておくべきことなどありますか。
とにかく多くの人と話すことをお勧めします。先輩後輩問わず、バイト先の店長でも、他学部の子でも。人と話すといろいろな考え方に触れられるし、自分の持っていない情報を得られますよね。それってとても得だと思うんです。学生のうちにできるだけ価値観が異なる人たちの話をたくさん聞いて、視野を広げていって欲しいと思います。
たくさん吸収できる時期ですので、色々な世界を見て、就職をしてからの視野を広く持てるように準備できるといいですね。その方が人生、楽しく過ごせるのではないでしょうか。
私は結構人見知りなのですが、意識して人としゃべるようにしています。人事部にも商品開発部にもよく足を運びますし、やはりお客様の声を聞くことが大事なので店頭スタッフにもよく電話します。
それに店頭スタッフが商品に対して、「わっ、かわいい!」って盛り上がって愛情を持つことが出来なければ、その良さをお客様に伝えることは難しいと思います。だからよく店頭に行って、どうしたらもっといい商品ができるか、どんなフェアがあったら楽しんでもらえるかと尋ね、みんなの意見を吸い上げながら企画をしています。その方が店頭のスタッフも押し付けられている感じがしなくて「自分達で作り上げている」感が出ていいですよね。自分も参加しているので愛着が沸くし。そういう対話から生まれたものは、デザイン云々ではなく、お客様の喜びにつながります。
―もうすぐ社会人になる学生にアドバイスはありますか。
最初の1年は辛いことも多いと思います。覚えることがいっぱいあるし、会社からの信頼を構築する時期ですしね。「あの子はどんな能力があるんだろう」って試されてように感じることもあるかもしれません。でもそれって逆に言うと、先輩や上司にアピールできるチャンスでもあります。頼まれたことを着実にこなしたり、積極的にコミュニケーションを取ったりして、信頼されるスタッフになることが大切だと思います。
2年目は1年目で得たことを死に物狂いでやって、自分のモノにしていく時期だと思います。3年目になると仕事も一通り出来るようになり、冷静に将来のことを考えるようになって「この仕事でよかったのかな」と悩む人も多いと思います。実際に私の友人の中にも、そういった人がいました。でも簡単に「こんなはずじゃなかった」と諦めるのではなく「この状況は何か問題なんだろう」「どうしたら乗り越えられるかな」と考えてその時期を乗り越えてみてください。いつの日か、とても成長している自分に気づきますよ。
学生と社会人は様々なことが違います。環境が変わるということは誰にとってもストレスです。たくさん悩んで、たくさん泣いて、しっかりと仕事と向き合ってほしいと思います。
インタビューワ 竹森佳奈
12期生(平成19年度入学)デザイン情報学科―インタビューの感想―
林さんはお仕事のお話を楽しそうに、生き生きと語ってくださって、とても格好良かったです。
仕事仲間への気配り、仕事にかける熱意等、いろんなことを考えながら組んでおられる様子が伝わって来ました。
インタビュー中にも集団で作り上げることが好き、とおっしゃっていましたが、そのためにたくさんの努力をされているのだと感じました。
自分も林さんの仕事に対する姿勢を見習っていきたいと思いました。
Vol15. 2012年3月 寺井(深津) 真理さん 芸術工学部6期生
株式会社ベネッセコーポレーション 編集者
寺井(深津)真理
6期生 生活環境デザイン学科 平成16年度卒業
大学院芸術工学研究科博士前期課程 平成18年度修了
鈴木賢一研究室
―まず、学生時代のことを教えてください。
学部から鈴木研究室に所属していて、院生時代にはちょうど、「だがねランド」の立ち上げに関わりました。2011年の日本建築学会賞を受賞したり、今でこそ定着していますが、立ち上げのときは手探りでしたね。だがねランドのキャラクター「だがねずみ」とか通貨「ダガネ」とかも私たちの時にデザインしたんですよ。
だがねランドは子どもたちを対象にした、まちづくりや建築の体験型の学習プログラムです。名古屋都市センターを会場にして大学生や建築家と一緒に、夏休みの前半に建築やまちづくりのワークショップをした後、紙管や段ボールなどで実物大のスケールで商店街をつくります。このとき作業をした子どもたちには仕事の対価として、ちゃんとダガネを支給します。後半は自分たちで作ったまちで働き、遊ぶんです。商品を作ったり、それをダガネで売り買いしたりして。このようなリアリティある建築学習のシステムは、当時全国で初めて(!?)だったんじゃないかな。
―今はベネッセで働いているということですが、ここを受けようと思ったきっかっけは何ですか?
子どもと建築と教育というキーワードで会社を探していたんですが、愛知万博の市民プロジェクト「漂流日記」をやったこともあって、最初は広告代理店をいくつか受けてました。でも、広告代理店系は受からなかったんですよ。そんなときに「君のやりたいことってベネッセとかもあてはまるんじゃない?」と尊敬する人にアドバイスをいただいて。エントリーしたらトントン拍子に進み、内定をいただいたんです。
採用枠は営業と編集の二つがあったのですが、ベネッセでは入社後に適性を見て配属されます。私は編集に配属されて教材の制作に携わっています。教材といっても、教職の免許を持っている人は半分もいないかな。文系と理系と半々ぐらいでいろいろな人がいます。
採用試験では新聞の広告制作というグループワークが課題で出されたのですが、きちんとコミュニケーションができるかが見られていたと思います。仕事は自分一人ではできなくても、人と相談や協力することで、完成させることを求められるからです。
―どのようなお仕事をされているのですか?
最初は進研ゼミ小学講座の社会科の教材を2年間担当した後、希望していた副教材の担当になりました。副教材というのはお楽しみの読み物や投稿ページなどで、主要教科は指導要領があるのである程度決まった方針がありますが、副教材にはそれがないので、子どもたちに何を届けたら良いか、一から考えます。
約60ページの冊子を3人ぐらいの編集者で作っていますが、こんなふうに私たちがラフ画を描くんですよ。デザインをしたことのない文学部出身の人も。これをもとにデザイナーやイラストレーターに発注します。そして、あがってきたデザインに対して、文字校正やレイアウトの変更などあれこれ赤入れをしながら、一緒に作っていきます。そういうクリエーターと試行錯誤しながら作り上げるのは楽しいですよ。デザイナーでも、こちらのラフをガラっと変えてデザインする人もいれば、そうでない人もいて。タイプが全然違うので、企画によって頼む人を決めます。その時々で仕事の仕方も変わってきますが、基本的に編集はすべての工程を把握しているし、ゴーサインを出すのは編集の役目です。
以前、芸工の友人に「アートディレクターみたいだね」と言われました。誌面のデザインをするのは私ではないですけど、そのディレクションをしているように見えたのでしょう。
―編集者がラフを描くなんて意外でした。仕事の幅が広いですね。では企画はどのように考えるのですか?
企画のアイディアのおおもとは子どもです。ベネッセでは子どもたちへのアンケートやヒアリングを積極的にしていて、それを参考にしています。好きな色とか、人気のスポーツとか。
以前作った職業についての副教材では、子どもに人気のあるサッカーの選手を取り上げました。小学5年生ぐらいだと「好きだからこの仕事がしたい」と思っているんですけど、いくら好きでも皆がサッカー選手になれるわけではない。でも、サッカーの記事を書くライターという仕事もあるよ、と教えてあげることで視野が広がりますよね。この冊子ではあこがれる身近な仕事から周辺にある違う仕事へつなげていこう、というコンセプトで作りました。
―面白い企画ですね。大変なことも多いですか?
たくさんの人が関わって制作しているので進行管理が大変ですよ。ひとつの特集をデザイナーやライターなど多くのスタッフと関わりながら3カ月かけて作っていて、月刊の冊子でいくつかのコーナーを担当していると、4月号の色校正をしながら5月号のデザイン依頼をして…、と常に企画が同時並行で動いていくことになるんです。発行日は決まっているので予定通り進めていかないと大変な事になるじゃないですか。自分でスケジュールを立てるんですけど、慣れるのには相当時間がかかりました。入社して半年ぐらいはOJT(On-the-Job Training)といって、上の人に教えてもらいながらやって、だいたい1年ぐらいで何とか一通りできるようになると思います。
今までやってきたことや特技などは、最初のうちはなかなか発揮できません。よく、就職活動中の学生さんが「即戦力になりたい」と言ったりしますがなれるわけがない。報・連・相(ホウ・レン・ソウ)とか取引先との対応とか、社会人として基本的な動作ができて初めて、得意なことが活かされるようになると思います。3年くらい経ってある程度できるようになると、今度は自分の強みを伸ばして頼られる人材になっていかないといけません。
―私も即戦力という言葉を使っていましたが、反省したいです。入社して芸工時代と変わったことはありますか?
芸工生って提出の締切ぎりぎりまで粘って、課題の細部にまでこだわったりする人多いですよね。私はめちゃめちゃそういう気質でしたが、今は良くも悪くもそういうのを残しつつ、そうじゃなくなったかなって思います。最後までこだわり続けて10時間残業しても、子どもたちにとっての価値は数パーセントしか変わらなかったりする。それなら、新規の企画にあてた方がいいかもしれない。ラフを裏紙に描いたりセロハンテープで切り貼りしたり、大雑把に仕上げてもそれで伝わる。下手にこだわるよりちゃんと締切を守り、全体をきちんと伝えることに意味があると気付きました。これは仕事を始めたことによる変化ですね。
―自分のことだけを考えればいい学生時代ではなく、それ以外のこともきちんと考えないといけない。その中で逆に変わらないことはありますか?
探求心は変わらないと思います。新しいもの作りたいとか、人と違うデザインでものを作りたいとか。モチベーションが下がる時もありますけど、できてきたり山を越えると、次は仕上がりが楽しみになってまた頑張れる。芸工時代にものを生み出す悩みとか苦しみをたくさん経験したおかげで鍛えられたのかな。いろんな人と関わりながら作っているのも、救いになっているかもしれません。デザイナーから刺激を受けたり、社内の人に相談したりできますから。クリエイティブな仕事をしているのであれば、相談相手は多い方がいい。社会に出て、仕事は一人でするものじゃないと思いました。
(インタビュー:2011年7月19日)
インタビュアー 宮城真紀
13期生(平成20年度入学)都市環境デザイン学科 原田昌幸研究室
エクステリア業界に就職予定−インタビューの感想−
小学生からお世話になっていたチャレンジの話に花が咲きました。
どの仕事もですが、多くの人たちと関わりながら進んでいくこと、
また社会人としての責任を教えていただきました。
就職する前にインタビューができ、良かったです。
Vol14. 2012年3月 一宮 しのさん 芸術工学部5期生
デザイナー
一宮 しの
5期生 生活環境デザイン学科 平成15年度卒業
三上訓顯 研究室
―大学を卒業してからは何をされてましたか?
まず、卒業してからは建築デザイン事務所に1年いました。芸工で学んできたことと違い、格好良い格好悪いという、感性だけでプランが進んでしまうようなところだったので、違和感を感じて過ごしていました。でもここで鍛えていただいたお陰で、パースはとても魅力的に描けるようになりましたけどね。
その頃に三上研究室のOBOG現役生の集まりがあったんですけど伊藤先生(現在名古屋工業大学准教授、当時三上研博士後期課程在籍)がいらしていて、建築事務所のスタッフを探しているんだけどやらないか?と誘って下さって転職しました。あと伊藤先生のご紹介で、愛知産業大学の非常勤講師も一期だけしていました。
―転職先の建築事務所ではどういった仕事をされていましたか?
事務所の名前はTYPE A/Bというんですけど、建築・プロダクト・グラフィックなどのデザインだけでなく、企業や店舗のブランディングやプロデュースまでやる所で、グラフィックの文字組などの細かいところや、ブランディングを行う際のマーケティングなど、たくさんのことを学びました。もちろん建築設計もやっていて、店舗のデザインをする際は、ブランディングからグラフィックまで一貫してやっていました。それから他の事務所とコラボレーションして展覧会を行ったりもしていました。
事務所に入って2年目くらいからはただ教えられるというだけでなく伊藤先生と一緒に作っているな、という実感がありましたし、特に入社当初から関わっていた、店舗兼住宅のCad:coには物件探しから建築設計・ネーミングなど並々ならぬ思い入れがありますね。
―同時期に非常勤講師もされていたようですが、どういったことを教えていたのですか?
非常勤講師では、学生に建築のプレゼンテーション方法を教えていました。始めは、何を教えようかと悩んだんですけど、技術的なことはもう授業で学んでいて、そういったことは自分たちでやっていけば良いと思ったので、実習をブラッシュアップさせるための講義にしようと考えました。
自分のプランがいかに良いかをうまく説明できていない子がほとんどだったので、それをもう少し引き出してあげられるように、リサーチ方法や表現方法を教えました。例えば、コンセプトシートを作成することで考えを整理することや、パース1枚描くにしてもどこに人を描くのか、それ次第でパースが生きたりする。そういったことを教えていました。私の知っている知識の中で、学生さん一人一人の個性が出るように。あと、分からないから教えてもらってないから、できませんという人には、調べ方を教えたりしました。全てを教えるんじゃなくて、ヒントをあげる感じですね。
―自分自身の経験を生かした講義をされてますね。なかなかできない経験ですがどうでしたか?
非常勤講師って人前に立って話さなきゃいけないじゃないですか。私は小心者なんで、すごく緊張しました。数ヶ月前から入念に準備してたんですけど、3日前からご飯がのどを通らなかったり、時間を計って家でぶつぶつ話す練習もしてました。だんだんと慣れてきたんですが、もともと半期だけと決めてましたので継続の依頼は丁重にお断りしました。
この頃から海外の大学院に行きたくて、事務所をやめて3ヶ月ほど語学留学しました。このまま日本で毎日たった数時間英語の勉強のしたところで埒があかないと思って。丁度自分が担当していた住宅(Cad:co)が竣工して、タイミングが良かったのもあります。周りにはとめられましたけどね(笑)。
―留学にとても興味があるのですが、その時のことを詳しくお願いします。
留学先はフィリピンでした。ここは留学費用が安くて、1対1で家庭教師をしてくれる利点が有るんですよ。留学生の宿舎に、レベルや授業内容に応じて現地の先生が来てくれるんです。韓国では有名で、一度フィリピン留学で英語の勉強した後、欧米に留学するのが主流らしいです。
フィリピン留学の後、東京に出て派遣会社に入り、某有名ブランドへ派遣されました。英語の勉強をしながら仕事をしていたのですが、志望していたシンガポール国立大学の大学院試験に落ちてしまい…。これはお前日本で頑張れっていう天の声かなって思って(笑)、ここ日本で頑張ろうとなりました。
―大学院に落ちた後も派遣会社で働いていたのですか?
英語の勉強をするための時間が欲しかったから派遣会社で働いていたので、落ちた後はやめました。
その後貴金属やドッグオーナー向けの商品を取り扱う会社で働きつつ、ご縁があって始めた赤坂の店舗運営準備に奔走していました。その会社では、会社の立ち上げから関わっていたので、広報から雑用まで色々やりました。どういったものが売れるか、市場展開を考えるのも楽しかったですね。店舗の方は、イタリアンレストランの居抜の店舗がある状態から始まり、私と同い年のメンバー三人でターゲット層やテーマからお金の管理方法まで全部考えていました。香りをテーマにメニューとサービスを提供し、日替わり・時間割制で店舗を運営していく、という面白い試みだったと思うんですけど破談になっちゃいました(笑)。
―では現在は何をなさっているのですか?
今現在は、フリーランスのデザイナーとして始めたばかりです。
まだまだお金にならないに等しいけれど、絵本の装丁のお仕事や、マンションのリノベーション、シェアハウスの物件探しとリノベーションなんかのお話があります。それも旅先のインドで出会った方だったり、シェアハウス仲間から、といったご縁でお話をいただいてます。
最近は20代で起業している人たちや、面白い事やろう!というパワーのある人たちと出会うことが多いので、そんな人たちと一緒にコラボしながら楽しくやっていきたいですね。
―驚きました。様々なことを経験されていますね。
よく言われます(笑)。 生活環境デザイン学科に在籍してたので、周りから「建築以外もほんといろいろやるよね」と言われたけれど、私からしたら何も変わっていないと思います。モノとかコトとかを造り出して行くことに、なにをやるにも変わりはないと無いというか。形を、どういうものをつくるかが結果的に違うだけで、プロセスは変わらない。だから逆に、何が違うの?とも思います。ご縁があったもので面白いと思ったものはやりたい、って思っちゃうんですよね。ただ単にモノをデザインするというよりは、企画段階から入っていってストーリーを構築していくことの方に興味があるので、たくさんの人と関わりながら、その中で技術的に自分ができることをやっていければいいな、と思います。
それは芸工にいたからこそ、そう考えられるようになったんじゃないかな。様々な専門分野の先生たちがいて、学生がいて、やっていることや考えてることも違うのだけど、たくさんの人と一緒に過ごす事で、何をするのにも大した垣根はないんだって教えてもらった気がします。
卒業して8年経つけど、腹を割って話せるのは芸工の子たちだと思います。根本的な志が似てるからかな。同じ空気を持っていて、同じ環境で過ごせた人ってそうそういないですよ。苦楽を共にしてきたし、良い面も嫌な面も全部見せてきてますからね。芸工は本当に楽しかった。
今も芸工の子と一軒家をシェアしています。家族の次に気を使わなくていい子なんです。今はちょっと中断してますが、外国人の方の滞在先として家を提供したりしています。他にも友達や、友達の友達なんかも泊まりに来たりパーティーをやったりしてるので、毎日賑やかですし、また色んな人と考えを共有できて楽しいですよ。
―芸工の素晴らしいところを再認識しました。一宮さんにとって芸術工学とは何でしょうか?
『右脳と左脳、感性と論理、そのバランスを持つ力を養う。』
…という中途半端でかつ矛盾を帯びた言葉です。
でもこの中途半端で矛盾している感じがとても好きなんです。
わたしにとって芸術工学という言葉は、普段は頭の片隅に隠れていて、ひょんなことで飛び出して来る、一生のパートナーです。デザインをするときだけでなく、色んな分野内でも、二項対立するものを考えた時いつも思い出すのが芸術工学という言葉です。白黒はっきり決めなくてもいいじゃん、って思わせてくれる。
でもそれはただの言葉であって、難しく考える必要はなくて、目の前にいる人のために、愛情を持って自分に何ができるか真剣に考え行動することが大事ですよね。
―それでは最後に学生へメッセージをお願い致します。
大学時代は、たくさんの人と会話をすること、話を聞くこと、とりあえずやってみること、誘われたら断らないこと、なんかを頭に入れておけば良いのではないでしょうか。色んな人がいて、色んな意見を聞かされて、頭の中と感情が一緒にならないときってあると思うんですが、その中でふと身体に入ってくるものもあるはずだから、それを選んで行けば良いと思います。
色々経験して、中途半端で矛盾だらけの面白い人になってほしいですね(笑)。
(インタビュー:201)
インタビュアー 宮城真紀
13期生(平成20年度入学)都市環境デザイン学科 原田昌幸研究室
エクステリア業界に就職予定−インタビューの感想−
自分がやりたいと思うことを沢山経験されており、インタビューを始めてすぐに一宮さんのお話に惹き込まれました。
凄いなと感心すると同時に、とても羨ましいとも思いました。
記事にはしていませんが、いくつかの人生の相談にのっていただきありがとうございます。
Vol13. 2011年08月 東野 唯史さん 芸術工学部8期生
デザイナー
東野 唯史
8期生 生活環境デザイン学科 平成18年度卒業
三上訓顯 研究室
―芸工を卒業されてから今までのことをおしえてください。
卒業して2007年から株式会社博展に就職しました。展示会をメインに店舗やグラフィックなど様々なことができる会社でした。
博展を選んだ理由は、建築だけをやるよりも芸工のような環境で、幅広くやりたいと思っていたからです。グラフィックや空間、映像の人がいて、情報の集まる場所で、ベンチャーみたいなノリがあり、新人からバリバリやれるのが良いなと思って就職しました。その会社では、主に展示会のブース設計をしていました。どうやって目立たせようか、どうやって人を集め滞留させて営業しやすいようにもっていくかなどを考えていました。
2年9ヶ月勤めたあと、会社を辞めて、世界一周旅行に出かけました。その後は東京に戻ってきて、フリーのデザイナーとして仕事をしています。
―世界一周旅行はご自身のブログで綴られていますね。どのような旅行でしたか。
一昨年の12月に会社を辞めて、310日ほど旅行して、昨年、2010年12月に日本に戻ってきました。初めての海外だったので、最初は日本語が通じてご飯が美味しい台湾からスタートして。
その後は、中国、香港、マカオ、ベトナムからネパール・インドへ抜け、トルコからヨーロッパ諸国を回り、モロッコ、エジプト、イエメン、東アフリカを回り、アフリカ大陸縦断、南アフリカからアルゼンチンへ飛んで、中南米の国を巡り、最後はキューバから日本に帰ってきました。文字通り世界一周でした。
現地の学校のボランティアをしたりシャーマンの修行をしたりしながら、日本には無い価値観を沢山感じることができた旅行でした。費用は全部で150万円くらい、準備からあわせても180万円くらいでいけますよ。
―世界一周旅行に出かけるきっかけは何でしたか。
社会人になるときに海外やバックパッカーに興味を持って、「深夜特急」や「Design for the other 90%」という本を読んで、影響を受けたのがきっかけです。
社会人になってから旅に出る場合、会社を辞め独立する前ならまとまった時間がとれるだろうと思い、辞めるタイミングを見計らっていました。
―会社を辞める際に葛藤などありましたか。
会社では社員のデザイナー全員がコンペでの勝率を出していて、一人前の人が40%ぐらい。でも入社して2年半のとき、僕の勝率は物件にも恵まれて75%でした。そのとき、それまで働いた2年半とその後の2年半を想像して、このまま仕事していても、もう自分のデザイン的スキルと人間的スキルの伸びしろは、そんなに無いかもしれないと思いました。実績も作れるようもになってきていて、その頃の仕事が2009年にディスプレイデザイン奨励賞を受賞しました。
展示会の仕事ばかりしていても、あまり現状と変わらないだろう、違う情報を自分の中に入れないと面白くない。
もともと、逃げるような形では辞めたくなく、ちゃんと実績を作ってから辞めたいと思っていましたから、実績もあるし、このタイミングで自分のステップアップのために辞めました。
それから、展示会の設計を一生続ける気も無かったんですね。広告業界そのものに対してそんなに興味がなくなってしまって。そんなことできる人は僕以外にもいっぱいいますから。
―それで旅に出ることにされたのですね。お仕事中に心がけていたことはありますか。
「会社に期待をしないし、依存はしない」とずっと心に決めていました。もともとフリーでやりたい気持ちがあったので、いつ首が切られてもいいように心構えをし、仕事に臨んでいました。会社にしがみつくのではなくて、必要とされるぐらいのレベルで常にいられるように意識していましたね。
また、在学中に三上研究室の伊藤さん(現:名古屋工業大学准教授)に言われた、「社会人になったら馬鹿になるから気をつけろよ」という言葉が、社会人になって心に沁みました。会社の利益を上げるためのデザインと、大学のときに勉強していたデザインは全然違います。新人の時は仕事に追われて目先のことしか見えなくなってくる自分に気づいて、視野を広げられるように週末は必ず美術館などに行くように心がけていました。
―世界一周したあと、日本に帰ってきてからは何をされていたのですか。
戻ってきた直後は、転職するかフリーになるかまだ悩んでいましたが、結局いきたい会社もないので、やりたい方向を探したり勉強したり、いろんなとこに顔出したりしようかなと、フリーランスで働きはじめました。
業務内容は博展のときと変わらず、展示会やモデルルームのデザインをしたり、博展のころの先輩の仕事を手伝ったりしています。
フリーになってすぐに東日本大震災があって、何かしたいな、と考えるようになりました。フリーだし、地震で物件も止まっているので、ボランティアに行こうと思いました。仕事は回り始めたら帰ってこればいいやと思って。4月のはじめにap bankの一般参加ボランティアの第一期に参加して石巻に行って、その後、友人が立ち上げた青年東北支援隊に参加してGW明けまで石巻に入りました。
作業内容は瓦礫の撤去と泥だし。デザインではなく「人手」でした。作業をしつつ、団体のロゴを作ったりもしましたけど、とりあえず肉体労働をがんがんやりました。
今は仕事が忙しくて行けてないですが、仮設住宅に絵を描く企画の提案をしたり、全壊した建物を残して後世に伝えていく企画にも興味があって、今後も時間が作れたら行きたいと思っています。
―精力的に活動されているのですね。ではお仕事の今後の目標をおしえてください。
フリーとして食べてはいける、だけどそれだけでは満足できない。デザインもできるし、パースもやれるけれど、それだけでは面白くないというのが僕の考えです。
最近僕が良く考えているのは、「脱東京」と「脱デザイン」です。
僕は今東京で仕事をしているけれど、その理由は、デザインで稼いでいくには東京が一番手っ取り早いから。お金も集まるし、デザインに対するニーズも一番多い。名古屋や福岡で同じように働いていけるかというと、それは断言できません。ということは、東京という大都市の、デザインにかける広告費や消費の経済的な枠組みの中でないと生きていけない状態ということですよね。そうではなくて、ゆくゆくは田舎でもちゃんとデザイナーとして食べて行けるシステムができた方がいいなと思っています。僕は東京も好きだけれど、東京に依存して生活していくのは面白くない。
「脱デザイン」は、デザインを仕事としてやっているけれど、装飾的なデザインだけを頼まれる人にはなりたくはないという意味です。もっと根本のコミュニティのあり方から関わって行きたい。企画から携わって、その過程で必要となった時にデザインをしたい。今まで空間デザインやグラフィックデザインをしてきたので、そのマネジメントもできるし、必要な部分で働いていきたいです。
—その目標には何かきっかけがあるのですか。
山崎亮さんというデザイナーの本を読んで、コミュニティデザインに興味をもつようになりました。
この方は地元の人とじっくり時間をかけて町の復興の流れをデザインされています。一時期だけ人を集める仕掛けではなくて、デザイナーが町を去ってもずっと人が集まるように、町の人たちが継続して活動できるようにしている。今はこの方のような働き方で食べて行けたらいいなと思っています。
たぶん、そういう部分に興味があるのは、学生の時、川崎先生の一番最初の授業で、「お前らは日本のデザイン界を背負っていくんだ。デザインでもっと世の中を良くすることができる。」と言われたことが大きいですね。そのときの衝撃が今も残っています。僕の思っているデザインは、世間一般の人の言うデザインとは違います。もっと広い意味でのデザインをしたいのです。
もうひとつ、学生時代で心に残っているのは、芸工の伊藤先生からもらった一言でした。広小路を活性化させるための提案をプレゼンテーションした際に、「東野は設計とかは全然だめだけど、こういう提案はいけるからプロデューサーになればいいよ」と。これはとても嬉しかったです。
僕は卒業制作で、チルドレンズミュージアムという建物の設計をしました。
名古屋の小学校の多くが公園と隣接しているので、その場所を使って地域ぐるみで子ども達の教育ができる持ち運び可能なユニットを作る。そのユニットを栄の街中に持ち出して、ワークショップや展示をしたら楽しいだろうな、という提案でした。
今、やろうとしていることも、卒業制作でやりたかったことも、根本はあまり変わらないのかもしれませんね。
—学生時代から考え方を貫かれていますよね。東野さんにとって芸術工学とは何ですか。
ひとことで言えば、デザイン。でもこの学部で言うデザインは、世の中で言われているデザインではなく、もっと広義なデザインです。
いろんな学問を勉強して結びつけて形にするのも芸術工学、いろんな分野の人をマネジメントして、そこから何かの役に立つように導いて行くのも芸術工学。要するに、ひとつに偏らないこと。芸術工学の良さは、いろんなことに興味を持てるし、いろんなことが吸収できるし、いろんな人と話ができることだと思うのです。
芸大美大の人たちは絵の勉強をすごく力を入れてやってきているけど、芸工はそうじゃない。その中でデザインするならば、自分たちでないとできないことを考えて行けばいいと思います。
僕は芸工のような、芸術の分野の人とも、それ以外の分野の人とも歩み寄れる「中途半端」なポジションがとてもいいと思っています。芸工には幅広い分野の先生がいるから、こんな世界があるんだなっていろいろ覗き見れるでしょう。興味を持つ取っ掛かりにもなりますよね。
学生の時、三上先生に、建築家とかグラフィックデザイナーとかいろんな人と仕事をするようになると、対等に話をするために、相手のレベルまでその分野もやっておかなきゃいけないって言われました。そうすると、ひとつの視点から見えていた物が別の視点からさらに改良して行けるようにもなります。川崎先生がデザインをする時、内側の基盤まで考えて無駄の無いデザインをするように。それこそが芸術工学だと思っています。
―最後に学生に向けてメッセージをいただけますか。
形を作ったり、デザインを考えたりするのはトレーニングすればどうにでもなります。極端に言えばCGも図面も書けないまま卒業しても全然なんとかなりますよ。もっと言うなら、生きていくだけならばどうにだってなります。去年一年間世界一周して、出会った旅行者はみんな無職でした。でもみんな日本で職がある多くの人よりも幸せに生きているからね。
CGや図面のスキルを身につけることに時間を割くくらいなら、もっといろんなものを見て、いろんな人と話して吸収するほうがよっぽど有意義な大学生活だと僕は思う。スキルをつけるだけなら専門学校へ行けばいいし、そういうことを学んだ人がやればいい。
そういうスキルの部分は、社会人になってからも伸びると思っています。でもその土台はそうではない。大学の特性や置かれている環境で土台がつくられて、その後は伸びない部分がある。そしてそこは社会人になっても皆が揃うことは無いのです。
たまに、大学の勉強が役に立たないって言う人がいるけれど、そんな馬鹿な話はないですよ。めちゃくちゃ勉強になりますよ。ものの考え方はどの分野にも応用が効きますから。
みんなには大学にいるときのメリットを生かして欲しいと思います。大学生という立場、芸術工学を学んでいる立場、名市大生という立場。名古屋に住んでいることも含め、そういうことを駆使すれば他の大学よりもずっと動きやすいことが、いっぱいあるのではないでしょうか。
先日、世界一周旅行の写真展がゲストハウスtoco.にて行われました。
その写真などがたっぷり掲載されている、世界一周のことを綴られたブログ -ヒトリマワリヒトリタビ-(http://azutrip.blog101.fc2.com/)
フリーをされてからのことを綴られているブログ aiUeO(http://t-azuno.com/)とても読みごたえがあります。ボランティアや旅に興味のある学生は是非ご覧ください。
また、旅に興味のある学生には助言してくださるそうです。是非、連絡をされてみてはいかがでしょうか。
インタビュワー 竹森佳奈
12期生(平成19年度入学)デザイン情報学科 藤井尚子研究室―インタビューの感想―
学生のときもフリーをされるようになってからも、変わらず貫かれている志を感じることができて刺激的なインタビューでした。
また、インタビュー中も会場を通りかかる人から、よく声を掛けられているお姿や、世界一周時のエピソードや今の活動について語るときのとても笑顔が素敵で、東野さんの心の広さや、コミュニケーションをデザインしたいと仰っていた部分を垣間見れた気がします。会社に依存せず、自分を常に高めようとされている姿勢は私も身につけられるようになりたいと感じました。
芸工ビジネスセミナー写真レポート – 2010年11月19日開催
卒業生からビジネスマナーを教えていただくイベント、芸工ビジネスセミナーが11月19日(金)に開催されました。当日は約20名の在校生が参加し、鈴木多恵さん(6期)をゲストスピーカーにむかえて、ビジネスをしていくために重要な”人に与える印象の大切さ”についてプロの視点から語っていただきました。
第1部 自分の印象について考える
まず、鈴木さんからお辞儀の仕方を指導していただき、第一印象はどこで判断されるのかについて意見を出し合いました。
正しいお辞儀:左手を上にして両手を前で組み、言葉を話しきった後に頭を下げる。
第一印象:身だしなみや表情など、「視覚」からの情報に左右されやすい
これらを意識しながら一人ずつ一分間で自己紹介を行いました。
実際に人前に立つと思った以上に緊張し、事前にまとめておいたはずの内容を忘れてしまったり、相手にどう見られているのかを考える余裕さえ無くしてしまう学生も多くいたようです。そして、他の参加者の自己紹介を「暖かい印象だったか」「視点が定まっているか」「表情があるか」「聞き取りやすい声か」「話がまとまっているか」など18項目について評価したアンケート用紙を互いに交換しました。
第2部 印象を改善してみる
第一部で記入し合ったアンケートと、スピーチを撮影したものを見直し、相手に与える印象をさらに良くするにはどうしたら良いのかを話し合いました。声の大きさや、定まった視点かどうかなど、自分では意識していなかったことでも、他の人から見ると不足していたり、逆に、緊張しすぎて表情や話し方に影響してしまったと心配していた人でも、他の人からは落ち着いて見えていたりと、自分の予想と実際に相手が受ける印象に差異があることが分かりました。
第3部 印象を良くするためのエッセンスを学ぶ
ビジネスシーンで欠かすことのできない、名刺交換のマナーついて学びました。名刺を受け取った後に左から役職順に並べて机に置くことや、机越しのやり取りはよくないことなど、気をつけるべき具体的な点を教えていただきました。これから実践する際にはこれらのポイントを踏まえ、明日からの人脈作りに役立てたいと思います。
本セミナーを通して、相手に良い印象を持ってもらうためには、話し方や立ち振る舞いの良さがとても大きな要素であること、またそれらを意識して身につけていく必要性を感じました。人前で話すのは気恥ずかしく、緊張もしましたが、客観的に自分の振る舞いを見ることができ、改善すべき点を発見することができました。また、それらは、ビジネス面だけでなく、日常生活の中でもその人を表す大切な要素だと思います。このセミナーで学んだことを大学生活や就職活動で生かしていけたらと思います。
Vol7. 2010年6月 久冨 伸彦さん 芸術工学部8期生
Webデザイナー
チームラボ 株式会社久冨伸彦
8期生 生活環境デザイン学科 平成18年度卒業
瀬口哲夫 研究室
―どのようなお仕事をされていらっしゃるんですか?
主にWebのデザインとHTMLのコーディングをしていますが、企画の段階から入ることもあり、基本的にやりたいと言えば何でもやらせてもらえますね。
検索サイトやコーポレートサイトを作ったりしていて、Webを作るときは企業の方からいろんな要望を聞いて、それにこちらから提案をしながら話を詰めていって最終的にモノに落とし込んでいきます。最近だとTwitterを使った企画の相談がありました。
プロジェクトごとにチームのメンバーを総入れ替えするので、デザイン職以外の席はそんなに固定されていなくて、毎回移動します。なので、いろんな人と一緒に仕事ができて面白いですね。
Web制作の他、依頼される仕事とは別に映像などのアート作品を作ったり、時計や机を作ったり。
めちゃくちゃ自由な発想でモノを制作できる会社だと思います。
―自由な環境で仕事をされているのですね。
どのような学生生活を送られていたのですか?
今はWebデザインをやってますけど、学生のときは建築を専攻していました。
でも大学2年くらいのとき、このまま建築に行って良いのかなって
漠然と不安になって、そこで建築を一回やめたんですね。
直感で、別の分野に行った方が絶対後悔しない気がして。
当時は今よりも違う専攻の課題が取りやすかったので、
映像とかさまざまなことをやりつつ模索していました。
また、昔から写真が趣味で、
いろんな人の写真サイトを見て自分でも作ってみたり。
日常的に学校でも友達とかを撮っていました。
他にはフットサルをしていました。
夕方から夜までやって、終わるとみんなで飲みに行って。
それで朝起きられなくて、授業にあまり出られず、
卒業制作着手の必要単位がギリギリでした(笑)。
フットサルで先輩後輩のつながりは強かったですね。
あと建築専攻は先輩の模型作りを手伝ったり、
逆に自分の時は後輩に手伝ってもらったりしていて、
そういうつながりで、今でも連絡を取ったり遊んだりする人が結構いて。
今考えるとよかったなと思います。
―学校でのつながりっていいですね。
では就職活動の話を聞かせてもらえますか?
やりたいことが無い学生だったので、デザイン以外の仕事も考えましたが、でもそれは絶対俺は楽しくないと思い、業種は絞らずにデザイナー職を受けました。
でも、いろんな面接や説明会に行ってもどこも全然グッとこないなと。そんなときに今の会社の説明会に来て、なんか面白いと思ったんです。まず面接をしてくれた人たちに圧倒されました。脳をフル回転しないと受け答えできない状況になったのが久々で、面接が終わった後は爽快でした。あと年齢がそんなに離れてない女性が創業者で、それもすごいと思い、面接2回目でここにしようって。最終面接後すぐに、他の面接中の会社に電話して、まだ内定も出てないのに「もう決まった」って言ってました(笑)。それくらいチームラボに来たかったんです。
だけど、Webデザイナーを希望してるのにHTMLの知識やスキルがなくて、
結局チームラボは最終面接で落ちたんです。
でも、結果のメールに、スキルアップしたら採用しますって雰囲気のコメントがあったので
それにすがろうと、「がんばります」って返信しました。
課題を出されて独学でWeb言語を学び、できた課題を提出、
結果を待っていたら次の課題を出される。それを数回繰り返しました。
4年の時は忙しくて、その課題と卒業研究の他に、単位の関係で授業にも出ていて。
年が明けた頃はさすがに卒業制作が間に合わないので、
1度提出を待ってもらって、卒業制作に集中し、その後課題を出しました。
それが2月末で、実はまだ就職も卒業も決まってなかったんです(笑)。
卒業旅行から帰ってきたら結果のメールが届いていて、採用ってあって、よっしゃーっって(笑)。
―課題を出し続けた努力が実ったんですね。
これからどのようなことをやりたいと考られていますか?
いいものを作って世界を良くしたいというのが根本にあって、Webだけにこだわるつもりはないです。
でもチームラボに来て4年目で、Webでまだまだ勉強することがあるし、
面白いものを作れる可能性を感じています。
現実世界とWebの連携をやってみたいですね。
前に携帯やWebからのアクションで、表参道の照明の色や動きが変わる
「表参道アカリウム」というライティングイベントがあって。
そういったWebだけにとどまらないものを面白いなぁと昔から思っています。
一つのサービスができるだけで、大分世界が変わると思うんです。
例えば不動産がもっと簡単に探せる方法ができて、引越しがすごい便利になるかも知れない。
いろんな可能性があると思うから、今までに無い仕組みを作っていけたらなと思います。
―やりがいがある目標ですね。
デザイン情報だと、都市環境の就職について分からないのですが、
建築系での進路は決まっているのですか?
決まったルートとかはなくてその人次第。このままだとマズイって、早く気づけた人は、インターンに行ったりどこかのデザイン事務所でバイトしたりしていました。そうやっていろんなところを経験した上で自分の道を決めるような人はいいけど、中にはあるときにピタッと止まって迷う人もいる。だから、自分でいろんな事をやりつつ見つけなきゃいけない。
自分の場合は今はWebをやってるけど、建築の課題で培った考え方とかって、建築から外れても全然生きると思っています。思考のプロセスって、基本的に一緒だから。プレゼンは限られた時間内に簡潔に伝えるのがすごい大事で、それは分野が違っても同じ。そういうのはやってる当時は分からなくても後々気づくと思います。
―それでは久冨さんにとって芸術工学とは?
僕もデザインを狭い視野で考えていたときがありました。でも、いろんな先生の授業やレポートで見た目だけではなく、いろんな仕組みやシステムもデザインだって、すごい幅の広いものだと思えるようになりましたね。
働き始めてからは、映像の見せ方もサービスの仕組みを
議論をしてるときもデザインかもしれないって思っています。
芸術工学やデザインは世の中をよくする手段の一つで、
いろんな切り口で自由に考えられる可能性を持っていると思います。
芸術工学で学んだことって結構今でも生かせていて、学ぶことで考える力も身に付き、
いろんな事に気付けるタイミングが増えるので、世の中よくする一つの近道のような気もしていますね。
―インタビューの感想―
とても自由度の高い職場で様々なことに取り組めるのだなと感じました。
アプローチは何でもいいから、とにかくいいものを作りたいという姿勢に共感しました。
Vol3. 2010年3月 鈴木 多恵さん 芸術工学部6期生
インテリアアドバイザー
IDC大塚家具鈴木多恵
6期生 生活環境デザイン学科 平成16年度卒業
山口良臣 研究室
—仕事内容を教えてください。
大塚家具でインテリアアドバイザーとして働いています。現在は営業社員のフォローに入り、新築物件のカーテンや照明の提案を主にしています。お客様のご要望や予算を伺い、図面を見ながら、その人その家に一番合ったインテリアを提案します。実際に現場まで伺って打ち合わせをする事も多いです。
入社後3年間は営業の部署で家具の営業をした後、よりインテリアの専門知識が必要となるカーテン・照明の部署に配属となりました。コーディネートの勉強はほぼ独学。実践で学びながらセンスを磨いて行かないといけません。
—仕事で大変だったことはなんですか?
結果を求められるので、年次が上がるごとにノルマも上がります。なんでうまくいかないのだろうって落ち込むこともありますが、結果が伸び悩んでいる時こそ思い詰めず、やれることを最大限やるべきですね。私の場合は、季節のお手紙をこまめに出すなど、お客様に対して誠実に、命をかけるぐらい一生懸命に働くことを信念としてきました。
—芸工生は空間デザイナーになれますか?
空間デザイナーは建築出身の人が多いですね。
空間の設計や内装の設計を仕事にしたいなら建築系を出て、
就職活動ではデザイン事務所や内装設計の企業を受けるのがよいのではないでしょうか。
必要な技術としては建築士の知識・技術です。
デザイン情報からだと、例えば空間そのものをデザイン、
設計するという仕事にいきなり就くのは難しいと思いますが、
インテリアコーディネーターの仕事から入り、
仕事をしながら勉強してスキルアップすることは十分可能です。
—会社はどういった人間をほしがっているのですか?
別に特殊な人を求めている訳ではなく、質問をした時に的確に答えることができるような、一般常識やマナーを持っている事がなにより大事です。また、インテリア業界では女性は重宝されます。住宅関係の仕事は施主様の奥様と話すことが多く、その場合女性の方が感性が合うし、物腰が柔らかいので心を開きやすい。だから、長く働ける女性は必要とされます。結婚しても働いている女性も多くいますよ。
—今後のキャリアアップの目標は?
実は、私来月退職するんです(笑)。もともと、3年働いたら大学院に行こうと思っていたんですけど、楽しかったのでそのまま働き続けて5年。これからはより幅広い技術を身につけ、スキルアップしたいなと今は思っています。
転職のリミットは29歳と転職業界では言われていますが、技術職は別ではないのでしょうか。
社会は色々な人たちで成り立っていて多様な職業があるのですから、
自分のタイミングで自分なりに、やりたい事を探し、転職をしていけばよいと思います。
—就職活動はどうされましたか?
私は芸工時代、ものづくりやデザインについて学ぶ中で、
自分自身でものを創るより、今あるすぐれたものを使って、
居心地のよい素敵な空間を作る仕事に就きたいと思いました。
ひとつのものに集中してそれを掘り下げるよりも、
色んなものを組み合わせて作品にするほうが好きだと思ったから、大塚家具を選びました。
在学中から行きたい会社の先輩と連絡を取ったりしていました。
行きたい会社があるのならばどんな技術が必要なのか直接聞いてもいいかもしれません。
でも、ある技術がなければ入れないという会社はそうそうないのではないのでしょうか。
自分の強みなども考えておくといいですね。
—在学中の経験で役立ったことは?
精神力と多くの知識を得たことです。「知っている」ということはとても重要です。壁にある画家の絵を飾りたいとお客様がおっしゃった時に、その画家の話を広げられたら相手に信頼してもらえます。相手の話を理解するだけで、仕事の幅が広がりチャンスはぐっと増えますよ。
また、色彩検定2級を取得するなど、色を勉強してきたことは本当によかったと感じています。カーテンの色を考える時にも色合いの裏付けができるんですよ。例えば、木材の家具には差し色として緑色を提案し、茶色と緑色の組み合わせが木を連想させ、自然界にある配色なので親しみやすいですよね、など相手に分かりやすい説明ができるようになりました。
—相手と話す際、どのようなことに気をつけていますか?
好きな色やテイスト、ライフスタイルなど相手のことを積極的に聞くことです。
大切なのは聞き上手になること。聞かないとその人の求めるものがわからないですよね。
最初はうまくいかないことばかりでした。
自分が一生懸命説明したつもりでも、後日違う店で買われてしまったり。
しかし、その時々で相手の思いをちゃんと汲み取れていなかったと反省して、
そういう中で聞くことの大切さを実感しました。
真剣さが伝わることで心を動かし、逆に、自分本位な提案や、
そういった気持ちが少しでも伝われば心をつかみそこねる。
気をぬけない、人の心と付き合う仕事ですね。
—鈴木さんにとってデザインとはなんですか?
生活を豊かにしてくれるもの。
なくても生きていけるけど、あることで生活が豊かになり、より楽しくなるものですね。
デザインをうまく生活に取り入れることで、心が満たされ幸せになれるのではないでしょうか。
インタビューワ 山下 咲衣子
13期生(平成20年度入学)デザイン情報学科
プロダクトデザイン志望―インタビューの感想―
鈴木さんのお話を伺ってから考え方が変わりました。
人の話を聞くということは大切だと分かっていても、なぜ大切であるのか、ということがよくわかりました。
魅力的な話ばかりで、とても勉強になりました。
Vol1. 2010年2月 河瀬 智文さん 芸術工学部7期生
電動工具メーカー プロダクトデザイナー
株式会社マキタ河瀬智文
7期生 生活環境デザイン学科 平成17年度卒業
大坪牧人 研究室
-現在のお仕事は?
以前は自動車のアフターパーツやレーシングカーの制作会社にいたんですが、
去年転職して、今は電動工具のデザインをしています。
仕事内容はスタイリングはもちろんですが、
使い心地や使い勝手など、ユーザビリティを大切にして考えています。
例えば草刈り機の背負い心地を常に研究している人たちがいたりするんですよ。
企画、設計、生産技術など、いろんな人とチームを作りながらひとつの製品を作っています。
-どのように仕事を覚えましたか?
僕は中途採用だったので、入社1カ月後には「これできる?」といきなり仕事でしたが、仕事の基本的なノウハウは前職で少しは身についていたので、工具っていうもののデザインに慣れていきました。
機構や機能について設計者に尋ねたりと人から聞くことが多かったです。 会社の中での事は会社の人が一番やわかっているし、人から聞くと聞いたこと以上の情報が入ってきます。他社製品を見て勉強します。「こんなことしたい」と思えば、似た機能のものを探して勉強し、その上で自分ならこうしよう、と考えます。
-私は企画の仕事に興味があるのですが、企画をするにはどうすれば?
もちろん企画がしたいって言えばいいです。
ただ、商品を知らないとできないこともあると思います。
前職では提案することもありましたが、組織が大きくなってくると専門の人がいるので、
いきなり企画と言わず、営業や設計、デザインを経験してからでもいいのではないかと思います。
あとはタイミング。就職や仕事って結構、運が大事だと思います(笑)。
-就職活動のアドバイスをお願いします。
プロダクトデザインやるなら、まずカタチがつくれることが必要ですね。その上で、ちゃんとコミュニケーションができることが大切だと思います。質問の意図を理解していないとかはダメ。必要なことを聞き出したり、伝えたい事、自分はどんな事を考えているのかを確実に伝えられる技術を身につけてください。
就活の前に、どんどんインターンに参加した方がいいと思います。ポートフォリオや実習だけじゃなく、インターンのときに選考をする企業もこれから増えていくようです。気になる企業やデザイン事務所とかあれば積極的に問い合わせてみたらいいと思います。僕は企業のネームバリューにばかり気にして就活してたりしました(笑)。それはだめですね。
-学生のうちにしておくべきことは?
馬鹿をしておくべき!(笑)。
考えるのにもいい期間だし、会社に入ると選択肢が狭められたりするから、
いろいろやっておくといいと思います。
芸工は分野が広いから、違う分野のプレゼン聞きにいったりしてもいいし。
僕らのときは今みたいに卓展みたいなのが無かったので、
3、4年生になるとコンペに出したりしていました。
先輩の卒制の手伝いで、夜11時から作業したりもしましたね。
-学生のときと今とで、考え方は変わりましたか?
学生のころはメディアにいっぱい出てくるような華やかな個人のデザイナーに憧れていました。でも今はどちらかというと縁の下の力持ちというか、あまり人の目にはつかないけれど社会貢献ができるようなデザイナーになりたいと思っています。
今の会社で魅力だと感じるのは、いろんな部署の人とさまざまなものを作っていけるということ。組織としての力というものもありますしね。考え方だけではなく、作業の進め方も変わりました。やっぱり考えるところに時間をかけたいので、作る手法をどれだけ短縮できるかを工夫するようになりました。今なら学生のころ苦労したスピードシェイプも、デザイン含めて4日あれば作れると思います。
-河瀬さんにとってデザインとは?
難しいけど、人の心を熱くするものかな?
気持ちを動かすものなんだなとおもいます。
(って、川崎先生の受け売りみたいになっちゃってますけど(笑))
社会に出てみて、
デザイナーの地位が低い分野まだまだあると感じます。
戦略的にデザインをプロデュースしていきたい。
だから、これから「それで行こう」って言える立場になって、
自分の思うデザインができるようになりたいですね。
インタビュアー:山下 咲衣子
13期生(平成20年度入学)デザイン情報学科
プロダクトデザイン志望
―インタビューの感想―
プロダクトデザイナーを目指すにあたって、とても勉強になりました。
自分が今なにをやるべきなのかしっかり考えていきたいです。
とても楽しかったです。






























