Vol9. 2010年8月 土井 梢さん 芸術工学部5期生
建築設計
笠嶋淑恵建築工房(現在は別の建築事務所で就業中)土井 梢
5期生 生活環境デザイン学科 平成15年度卒業
鈴木賢一研究室
―卒業後初めに入社された株式会社スペースでのお仕事について教えて下さい。
スペースは主に店舗内装の企画・設計・監理・施工をしている会社で、店舗設計をしたくて選びました。仕事の内容としては、設計だけじゃなくて、積算から監理施工までを一貫して1人でやれるのが特徴です。このことは後に独立してやっていくにしても勉強になります。
私の場合、カフェなど飲食店の内装をする部署にいました。スペースでは早い段階で設計をやらせてもらい、現場に行ったり、お客さまにつくのも早かったです。
―リレー形式ではなく、全段階を自ら踏んで内装を作り上げるのがスペースでの仕事の魅力ですね。その後、建築設計事務所に転職した経緯を伺いたいです。
スペースでは初めからいろいろやらせていただいたおかげで、
2年ちょっと勤めて一通りの仕事をさせてもらえました。そこで内装だけでなく、
やっぱりハコ(建築)からやりたいなって思うようになり、スペースを辞めました。
次に転職した建築の設計事務所では、スペースとは仕事の内容が全然違っていたので、一から勉強という感じで、指示通りに住宅の図面を描くことから始めました。それから、経験のある所員の方と一緒に、住宅設計の計画の段階からやらせてもらったのが2年目です。
スペースでの経験があったので、インテリアと建築の両方のことが分かるのはよかったと思います。
その後この建築設計事務所を退社し、仕事から離れて一級建築士の資格を取りました。
―今日はお子さんもご一緒ですが、育児と現在のお仕事について教えていただけますか?
10カ月の子どもを育てながら、笠嶋淑恵建築工房(現在は別の建築事務所で就業中)で週4日働いています。
笠嶋先生は芸工で非常勤講師をされていて、学生時代のアルバイトからお世話になっていました。
笠嶋先生ご自身育児経験があり、育児との両立について配慮していただいています。
シュタイナーの教えや、人智学、子どもの教育の観点から建築を考えている方で、
私の子どもが通っているのも、笠嶋先生が改装した保育園です。
部屋が多角形だったり、それぞれの部屋にキッチンカウンターやロフトがあったりして、おもしろい保育園ですよ。
子どもができたことで、学生の頃より教育の観点に立った建築に興味がわきました。
笠嶋先生に「子育ての経験はあなたの設計人生において、確実にプラスになります。」といわれたことが
とても印象強く、心に響きました。
確かに女性が社会でがんばっていくのは大変だけど、子供を産むことでみえてくることってありますよね。
例えば、新婚の2人でいるときはワンルームの広い家がいいと思っていても、
子どもができることで生活の時間帯が違うから間仕切りが必要だって気付いたりとか。
そんな気付きをデザインに活かしていきたいなと。
子ども向けにしても、お母さん向けにしても、
男の人がわからないことを自分のデザインの糧にしていけるんじゃないかと思いますね。
―育児経験はデザインに活かせるのですね。
社会全体として、仕事と子育ての両立はしやすくなっているでしょうか。
大企業は産休も取りやすいみたい。でも建築業界自体は、まだ女性が子ども産んでからいい条件で働くのは難しいと思います。定時に帰るとなると、十分な仕事をもらえないのが現実です。
だから建築をやる女性は、企業でやっていくより、いつかは自分でやれるようになるといいなって思いますけど。子どもから手が離れるまでは、今後のための知識を蓄える期間だと、今は割り切っています。
ある程度したらゆったりするためにも、若いうちにがむしゃらに、やれるだけやっとくのは必要ですね。だから辞めるにしても、仕事をしている間につながりをつくっておくのが大切かな。
そういうことが、後に仕事を直接もらったり、条件に合う事務所に入れてもらうことにつながります。
―建築の仕事を目指す方って大学院に行くことが多いと思うのですが。
大手企業の中には大学院卒を求めることもありますが、事務所だと学歴よりも実力重視だと思います。
だから学部卒で就職して早いうちから仕事を覚えられるのも逆にいいんじゃないかなと。
私は学部時代、鈴木先生の研究室で病院の壁画を描いたりしていたので、
大学院で研究室に残って子どものための空間について研究したいとも思っていました。
ただ、スペースに内定をもらって、早く働きたい気持ちもあって就職を選びました。
大学院卒業後に就職すると、同期が年下でやりづらいこともあったり、
女性の院卒を使いにくいと感じる上司もいるみたいです。
もちろん、院に行けば専門的な知識も深まりますし、その専門分野を活かした仕事に就けると思います。
―土井さんはどんな学生生活を過ごしましたか?
その後その経験をどう生かされました?
課題はちゃんとしましたし、設計事務所でのバイトもしましたけど、基本的に遊んでただけな気がします(笑)。
海外旅行とかも行きました。その経験は勉強にもなりました。例えばイタリアのフィレンツェなら、外観を揃えて街並みを大切にしています。屋根の色が揃っていて上から見た景観がきれいとか、外観を崩さないように建設中の工事の仮囲いに建物の絵が描いてあったりとか。そういう考え方がもっと日本にあってもいいんじゃないかなって思うようになりました。デザインしていく上でも、後からその時の写真を見ながら考えることもあります。
あと、世界観が変わりますよね。建築を仕事にしてる身だから、建物は建てるものっていう概念がまずあるけれども、海外に行くと建築よりも自然の方がすごいんじゃないのかな、建物を建てない方がいいんじゃないのかな、って考えたりします。
だから、日本にないものをいっぱい見とくといいですね。
あと、ポートフォリオに海外で描いたスケッチを載せたんですけど、面接で評価がよかったです。
学生のうちに遊べるだけ遊んだから、
働き出したり子どもができたりして自由がなくなっても、今は仕事をがんばろうって思えます。
-芸工にはいろいろな分野がありますけど、
それをどう活かしていけばいいですか。
仕事やり始めたら、一つの分野でやっていくことが多くなっていくと思うから、学生のうちからそこまで知識を深めなくても、広く浅く手を出してもいいんじゃないかなって。技術は働き出せばつくし、いやでも専門性を持つから。なんでもやってみて、いろんな分野のいろんな考え方をもっていれば、頭が柔らかくなるんじゃないかな。
芸工の同期には大学の専攻とは違う分野の職を楽しんでいる人がたくさんいますし、私も大学では建築をやっていたけど、最初の会社では内装をやりました。だって全部つながってるんだから、建築から中を考えてもいいし、インテリアから建築を考えてもいいし、大きく言えばプロダクトから建築を考えてもいい。
私が今やっている建築の仕事で言うと、教育にもつながってます。
それに、違う分野の人がいればいるほど面白い仕事ができる。
建築やってる人と家具やってる人や映像、グラフィック、
いろいろやってる人がユニット組んで仕事したりするじゃないですか、
そういうのって刺激し合って一つのものをつくっていくし。
だから、固執せずにいろんなことに興味を持つのがいいと思います。
いい意味で適当にね、何でもプラスに考えればいいと思います。
それこそ学科の域を飛び越えて、授業に参加してみてもよかったなと今は思います。
―土井さんはプラス思考が印象的です。
最後に、土井さんにとって芸術工学とは何か、教えて下さい。
いろんな場面でのいいなを足していくことかな。
アート的なものの根底に基礎みたいなものを付け加えて、説得力を付けるような。
でも私は芸術工学とは、なんて深く考えたことないですよ。
私の中で芸術工学は、ほわんとして、輪郭がなくて、「何か」って言い切れないものです。
インタビューワ 内田 晴香
12期生(平成19年度入学)都市環境デザイン学科 三上訓顯研究室
家具業界に就職予定-インタビューの感想-
仕事と家庭のどっちも捨てがたい…と考えていましたが、
お話を伺ってそれはその時悩めばいいし、
少なくとも今あきらめる必要はないと感じました。
仕事や育児にこだわりを持ちつつ、ご自身を縛る頑固さは持たない土井さんの考え方は、
芸工の「柔軟性」というプラス面に通じると思います。
Vol8. 2010年7月 島 麻絵さん 芸術工学部3期生
島 麻絵さん
3期生視覚情報デザイン学科 平成14年度卒業
水野研究室/溝口研究室 (卒業制作:水野研/卒業論文:溝口研)
社会福祉法人わたぼうしの会 たんぽぽの家 スタッフ
—芸術工学部からどのようにして福祉業界へ就職されたのですか?
学外のアート系のワークショップで「障害のある人と働いている」
という人に出会ったのが最初のきっかけです。
その方は、授産施設(就労が難しい障害者に就労の場や技能取得を
手助けする福祉施設)で働いており、その時はちんぷんかんぷんで、
介護をイメージして大変そうとしか思いませんでした。
しかし後日、その施設の手織りの展示を見に行くと、障害のある人がつくったマフラーや、
スタッフがつくった人形など、おもしろいものがたくさんありました。
その時にこういう仕事があるんだと知り、その後、「なごやボランティア・NPOセンター」で
「たんぽぽの家」という社会福祉施設の資料を見つけました。
アートサポーターやボランティアの募集のほか、メンバー(障害のある人)と一緒に
銭湯に行こうという企画もあり、おもしろそうな施設だなぁと、4年生の冬に
見学しに行きました。自己紹介のために、課題をまとめたものと、
在学中にサークルで毎月発行していた「カヤバ一揆」というフリーペーパーを
持っていったところ、対応してくれたスタッフの方が、興味を持ってくれました。
何度かたんぽぽの家に通ううちに、「CHIRORI」という雑貨店を紹介され、
アルバイトを始めることになりました。
—福祉にそのような関わり方があるのですね。CHIRORIとは具体的にどのようなお店なのですか?
全国の福祉施設でつくられた、陶芸、手織り、木工などの手づくり雑貨や食品を扱うお店で、障害のある人が働いています。1996年に、「まほろば・楽市・楽座」という、奈良町界隈(CHRORIがあるエリア)のギャラリーや空き店舗で施設の商品を大々的に展示販売するイベントがはじまり、その流れでCHIRORIが誕生しました。当時、福祉施設の商品は、地元のバザーでの販売が主流であり、まほろば・楽市・楽座は画期的だったと聞きます。
私自身は、CHIRORIで、商品のセレクトや通信やチラシの制作などをしていました。全国にはものづくりをしている施設が
たくさんありますが、障害のある人がつくったものを面白いと思い、発信していこうという意欲のあるスタッフがいるかどうかで、商品も変わってくるといえます。
ところで、CHIRORIでは、芸工の近くにある「うえの授産所」のカップも取り扱っていました。
芸工生のときにそこのバザーに行ったことがありましたが、
障害のある人の働く場所であるということに気付きませんでした。
特にこの分野は接点がない人は全く知らないということがあるので、
もうちょっと気軽に歩み寄ることができるといいなぁと思います。
いきなり障害のある人と接するとなったら、最初は緊張感やためらいがあると思うけど、
きっかけとして“もの”というのは入りやすいですよね。
—いつたんぽぽの家のスタッフになられたのですか?また、たんぽぽの家はどのような活動をされていますか?
CHIRORIは2007年にたんぽぽの家と事業統合しました。
その際にCHIRORIのアルバイトからたんぽぽの家の正職員になりました。
たんぽぽの家でのメンバーの活動は、絵画、陶芸、手織り、カフェ、ショップ、企画部など、
多岐に渡ります。たんぽぽの家では、メンバーひとり一人に希望を聞きながら、
本人にあった働き方を提案し、プログラムを作成します。
また、たんぽぽの家は障害のある人自身の夢を実現、個性をのばすという考え方を持っており、
それはスタッフに対しても生かされているので、決められた仕事ばかりではなく
自由にアイディアを出して考えていけます。
たんぽぽの家の特徴として、作品展やセミナーなど、外に向けた活動が多いことがあげられます。
年に1回「アート化セミナー」といって、福祉施設のスタッフに向けた、
施設でのアート活動や商品化に関するセミナーをやっており、
全国から関心のある人たちが集まってきます。
また、海外からのお客さんも多く、去年は韓国のアーティストがたんぽぽの家に
1ヶ月以上滞在し、メンバーと一緒に制作しました。
本当に色々な人とのつながりが生まれやすい職場です。
7月23日から31日には、可児市文化創造センターで、
「エイブル・アート展」が開催されます。
たんぽぽの家のメンバー他全国の障害のある人の作品が展示されますので、
ぜひお越しください。
−おもしろい企画ばかりですね。現在はスタッフとしてどのようなお仕事をされていますか?
CHIRORIから始まった経緯もあり、今でも、福祉施設の商品を扱う仕事をメインにやっています。CHIRORIの他、イベントや商業施設での販売の機会も多く、場所に応じた商品をセレクトしたり、企画などもします。その他、たんぽぽの家を含む3つのNPOが共同でやっているエイブルアート・カンパニー(以下、カンパニーと表記)にも関わっています。この事業の目的は、障害のある人のアートを仕事につなげることです。作品を使いたい人と障害のある作家の間に立って仕事の仲介をしています。障害のある人の作品をデジタルデータ化して、それらを企業に貸し出し、著作権使用料を得ています。
窓口がはっきりすることにより、企業はアクセスしやすく、作家に対して適切な対価が支払われるようになりました。
—例えばどのような依頼がきますか?
アパレルメーカーより、ジャマイカというテーマで
描き下ろしをしてほしいという依頼がありました。
カンパニーが間に入って作家の体調やスケジュールの調整をしました。
依頼に応えられないタイプの作家であれば断ることもありますし、
作家をバックアップしている施設に相談しながら、情報を集約してお客さんに伝えたりもします。
スタッフは現場を体験してきているので、施設や作家の状況もよくわかります。
—話は変わりますが、研究室を悩んでいる子が多くいます。どのように研究室を選べばよいかなど、アドバイスはありますか?
私は水野先生がやっている現代音楽、実験的な音楽に興味があり、先生のキャラクターが好きで水野研究室を選びました。溝口研究室も同じ理由で選びました。研究や制作の内容ももちろん大事だけど、人柄や相性で選んでもよいのではないでしょうか。
6月中旬に水野先生の矢田ギャラリーでの展示を見た時に、こんなマニアックな分野をやっている人もいて、芸工って幅広いなぁって改めて感じました。だから学生が迷うのかも。
学生時代に思ったのは、早いうちにやりたいこと、専門を見つけられた人はラッキーだなぁということ。私は見つけられなかったので、そういう人たちがうらやましかったです。
—オープントークにも参加いただきありがとうございました。現役生へのアドバイスや感想を教えてください。
学生のうちは動きやすく、出会った人がその後の人生ずっとつながることもあるので、
学外に飛び出して色々な人やものに貧欲に会いにいってほしいと思います。
違う大学の講義を聴きにいってもいいですね。オープントークへの参加は緊張しましたが、
自分の仕事を学生に知ってもらうことは大切で、すごくいい経験をさせてもらいました。
普段そんなに大学生と喋る機会もないので楽しかったです。
リアルな声を聞くことが就職活動をする上でのヒントになれば、参加者としては嬉しいです。
発表者の卒業生の中には自分も知らない人が多かったので、仕事の話を聞くのは新鮮でした。
—島さんにとってやりがいとはなんですか?
おもしろさを追求するということが生きるモットーです。
そこに貪欲で、おもしろいものを見たら誰かに伝えたくてしかたないんです。
会わないはずの人と人をものを通して結びつけられる。
福祉の世界であるけれど、おしゃれな雑貨店に負けないグッズができ、
またそれが売れると、親、本人、友人が喜ぶ。そこにやりがいを感じます。
インタビューワ 山下 咲衣子
13期生(平成20年度入学)デザイン情報学科
プロダクトデザイン志望
―インタビューの感想―
まさに大学で学んだことがそのまま生かされているのだろうなと感じました。
外に出て、自分から出会いを見つけにいくということは大切であると思いました。
芸工オープントークUstreamアーカイブ
UStreamで中継したアーカイブを公開です。
学生の方から、マイクの音が抜けてしまって聞こえにくかったということをお聞きしていたので、もう一度ゆっくり聞いていただければと思います。ちょっと拾っている音が小さいですが、音声を大きくして聞いてください。
芸工オープントークの写真レポートは、こちらのページで紹介しています。
芸工オープントーク写真レポート – 2010年6月15日開催
卒業生と仕事について語り合う交流イベント、芸工オープントークが6月15日(火)に開催されました。芸工クロストークで紹介された卒業生をはじめ、十数名の卒業生と約130名の在校生に参加いただき、芸術工学部の卒業生と在校生をリアルにつなぐ充実したイベントとなりました。
当日のライブレポート(Ustream)はこちらからご覧いただけます。
芸工オープントークUStreamアーカイブ
第1部 オープントーク参加卒業生の紹介「わたし、こんな仕事してます。」
建築やプロダクト、WEB、福祉、農業などで活躍されている卒業生に、簡単な自己紹介をしていただきました。分野や職種もさまざまで、芸術工学部の幅の広さが感じられました。
第2部 パネルディスカッション「卒業生×卒業生のクロストーク」
在校生の関心度の高い就職活動の話を中心に、先輩方の経験談やアドバイスをうかがいました。それぞれ就職活動の方法は異なりましたが、人のつながりや積極性、人間力といったものがキーワードとして上がりました。
第3部 ブーススタイル/オープントーク「もっと聞きたい! 話したい!」
ブースに分かれて、卒業生と在校生が直接話しをしました。イメージと実際の仕事内容の違いに驚いたり、就職活動や進路の相談などをしたり、和気あいあいとした雰囲気の中で、終了時間が過ぎても歓談が続きました。
当日アンケートに記入いただいた在校生の皆さんには、卒業生のプロフィールシートを配布し(初回特典バインダー付!)、来学できなかった卒業生の仕事も一部紹介させていただきました。
在校生の進路選択や就職活動の参考にしていただくことを目的にしたイベントでしたが、卒業生にとっても、久しぶりに会う級友や先輩後輩との交流の場となり、今後ビジネスやプライベートでの親交を深めるきっかけとなりました。
芸工オープントークは今後も継続的に開催していく予定です。皆さまの声を反映させながら、よりブラッシュアップしていきたいと思いますので、ぜひご要望やご意見をお聞かせくださいますよう、お願いいたします。
そして、参加およびご協力いただいた皆さまに心より感謝申し上げます。
おまけ:準備編
15:00から卒業生だけのミーティングを行っていました。横山先生に、今の大学や学生の現状などを伝えてもらい、パネルディスカッションでなにを論議するべきかなど、意識の共有をしました。
今回の参加メンバーで記念撮影。ご協力ありがとうございました。
参加卒業生(敬略称、順不同)
横田 理恵子(視覚情報デザイン学科2001年度卒業)
ブランドデータバンク株式会社/ゼネラルマネージャー
青木 亮作(大学院博士前期課程2003年度修了)
メーカー(OLYMPUS、SONY)勤務を経て2010年5月独立/プロダクトデザイナー
大山 圭史(生活環境デザイン学科2001年度卒業)
株式会社ワーク・キューブおよび有限会社studio point/空間設計・デザイン
萬田 浩太郎 (生活環境デザイン学科2003年度卒業)
株式会社ワーク・キューブ/空間設計・デザイン
島 麻絵(視覚情報デザイン学科2001年度卒業)
社会福祉法人たんぽぽの家
河瀬 智文(生活環境デザイン学科2005年度卒業)
株式会社マキタ/プロダクトデザイナー
遠藤 頌太(視覚情報デザイン学科2006年度卒業、大学院博士前期課程2008年度修了)
農業ベンチャー 株式会社M-easy/企画・営業・商品開発・広報等
白川 勝悟(生活環境デザイン学科2007年度卒業)
株式会社コボ/プロダクトデザイナー
久冨 伸彦(生活環境デザイン学科2006年度卒業)
チームラボ株式会社/WEBデザイナー
元山 和之(視覚情報デザイン学科2007年度卒業)
有限会社パワーソース/デザイナー、システムエンジニア
竹内 優(視覚情報デザイン学科2007年度卒業)
株式会社バッファロー/企画
犬飼 裕美(生活環境デザイン学科2007年度卒業)
ソニー株式会社/プロダクトデザイナー
参加コーディネータ
立石 直敬(視覚情報デザイン学科2006年度卒業、大学院博士前期課程2008年度修了)
鈴木 多恵(視覚情報デザイン学科2004年度卒業)
加藤 沙奈(生活環境デザイン学科2007年度卒業)
ほか有志の卒業生の皆さま
Vol7. 2010年6月 久冨 伸彦さん 芸術工学部8期生
Webデザイナー
チームラボ 株式会社久冨伸彦
8期生 生活環境デザイン学科 平成18年度卒業
瀬口哲夫 研究室
―どのようなお仕事をされていらっしゃるんですか?
主にWebのデザインとHTMLのコーディングをしていますが、企画の段階から入ることもあり、基本的にやりたいと言えば何でもやらせてもらえますね。
検索サイトやコーポレートサイトを作ったりしていて、Webを作るときは企業の方からいろんな要望を聞いて、それにこちらから提案をしながら話を詰めていって最終的にモノに落とし込んでいきます。最近だとTwitterを使った企画の相談がありました。
プロジェクトごとにチームのメンバーを総入れ替えするので、デザイン職以外の席はそんなに固定されていなくて、毎回移動します。なので、いろんな人と一緒に仕事ができて面白いですね。
Web制作の他、依頼される仕事とは別に映像などのアート作品を作ったり、時計や机を作ったり。
めちゃくちゃ自由な発想でモノを制作できる会社だと思います。
―自由な環境で仕事をされているのですね。
どのような学生生活を送られていたのですか?
今はWebデザインをやってますけど、学生のときは建築を専攻していました。
でも大学2年くらいのとき、このまま建築に行って良いのかなって
漠然と不安になって、そこで建築を一回やめたんですね。
直感で、別の分野に行った方が絶対後悔しない気がして。
当時は今よりも違う専攻の課題が取りやすかったので、
映像とかさまざまなことをやりつつ模索していました。
また、昔から写真が趣味で、
いろんな人の写真サイトを見て自分でも作ってみたり。
日常的に学校でも友達とかを撮っていました。
他にはフットサルをしていました。
夕方から夜までやって、終わるとみんなで飲みに行って。
それで朝起きられなくて、授業にあまり出られず、
卒業制作着手の必要単位がギリギリでした(笑)。
フットサルで先輩後輩のつながりは強かったですね。
あと建築専攻は先輩の模型作りを手伝ったり、
逆に自分の時は後輩に手伝ってもらったりしていて、
そういうつながりで、今でも連絡を取ったり遊んだりする人が結構いて。
今考えるとよかったなと思います。
―学校でのつながりっていいですね。
では就職活動の話を聞かせてもらえますか?
やりたいことが無い学生だったので、デザイン以外の仕事も考えましたが、でもそれは絶対俺は楽しくないと思い、業種は絞らずにデザイナー職を受けました。
でも、いろんな面接や説明会に行ってもどこも全然グッとこないなと。そんなときに今の会社の説明会に来て、なんか面白いと思ったんです。まず面接をしてくれた人たちに圧倒されました。脳をフル回転しないと受け答えできない状況になったのが久々で、面接が終わった後は爽快でした。あと年齢がそんなに離れてない女性が創業者で、それもすごいと思い、面接2回目でここにしようって。最終面接後すぐに、他の面接中の会社に電話して、まだ内定も出てないのに「もう決まった」って言ってました(笑)。それくらいチームラボに来たかったんです。
だけど、Webデザイナーを希望してるのにHTMLの知識やスキルがなくて、
結局チームラボは最終面接で落ちたんです。
でも、結果のメールに、スキルアップしたら採用しますって雰囲気のコメントがあったので
それにすがろうと、「がんばります」って返信しました。
課題を出されて独学でWeb言語を学び、できた課題を提出、
結果を待っていたら次の課題を出される。それを数回繰り返しました。
4年の時は忙しくて、その課題と卒業研究の他に、単位の関係で授業にも出ていて。
年が明けた頃はさすがに卒業制作が間に合わないので、
1度提出を待ってもらって、卒業制作に集中し、その後課題を出しました。
それが2月末で、実はまだ就職も卒業も決まってなかったんです(笑)。
卒業旅行から帰ってきたら結果のメールが届いていて、採用ってあって、よっしゃーっって(笑)。
―課題を出し続けた努力が実ったんですね。
これからどのようなことをやりたいと考られていますか?
いいものを作って世界を良くしたいというのが根本にあって、Webだけにこだわるつもりはないです。
でもチームラボに来て4年目で、Webでまだまだ勉強することがあるし、
面白いものを作れる可能性を感じています。
現実世界とWebの連携をやってみたいですね。
前に携帯やWebからのアクションで、表参道の照明の色や動きが変わる
「表参道アカリウム」というライティングイベントがあって。
そういったWebだけにとどまらないものを面白いなぁと昔から思っています。
一つのサービスができるだけで、大分世界が変わると思うんです。
例えば不動産がもっと簡単に探せる方法ができて、引越しがすごい便利になるかも知れない。
いろんな可能性があると思うから、今までに無い仕組みを作っていけたらなと思います。
―やりがいがある目標ですね。
デザイン情報だと、都市環境の就職について分からないのですが、
建築系での進路は決まっているのですか?
決まったルートとかはなくてその人次第。このままだとマズイって、早く気づけた人は、インターンに行ったりどこかのデザイン事務所でバイトしたりしていました。そうやっていろんなところを経験した上で自分の道を決めるような人はいいけど、中にはあるときにピタッと止まって迷う人もいる。だから、自分でいろんな事をやりつつ見つけなきゃいけない。
自分の場合は今はWebをやってるけど、建築の課題で培った考え方とかって、建築から外れても全然生きると思っています。思考のプロセスって、基本的に一緒だから。プレゼンは限られた時間内に簡潔に伝えるのがすごい大事で、それは分野が違っても同じ。そういうのはやってる当時は分からなくても後々気づくと思います。
―それでは久冨さんにとって芸術工学とは?
僕もデザインを狭い視野で考えていたときがありました。でも、いろんな先生の授業やレポートで見た目だけではなく、いろんな仕組みやシステムもデザインだって、すごい幅の広いものだと思えるようになりましたね。
働き始めてからは、映像の見せ方もサービスの仕組みを
議論をしてるときもデザインかもしれないって思っています。
芸術工学やデザインは世の中をよくする手段の一つで、
いろんな切り口で自由に考えられる可能性を持っていると思います。
芸術工学で学んだことって結構今でも生かせていて、学ぶことで考える力も身に付き、
いろんな事に気付けるタイミングが増えるので、世の中よくする一つの近道のような気もしていますね。
―インタビューの感想―
とても自由度の高い職場で様々なことに取り組めるのだなと感じました。
アプローチは何でもいいから、とにかくいいものを作りたいという姿勢に共感しました。
Vol6. 2010年5月 横田 理恵子さん 芸術工学部3期生
マーケティング
ブランドデータバンク株式会社横田 理恵子
3期生 視覚情報デザイン学科 平成13年度卒業
―今働いていらっしゃるブランドデータバンクはどんな会社ですか?
マーケティングをやっている会社です。
全国3万人に所持品など130ジャンルに渡って半年毎にアンケートを取り、
結果をデータベース化して分析し、いろんな企業の人に提供するサービスをしています。
そのデータを使うことで、例えばi-podを持ってる人は、他に何を購入しているかが横断的に分かり、
持ち物からどういうユーザーかが具体的に分かるんです。
データベースは専用のアプリケーションをインストールすることなくアクセスできるかたちで提供しており、
いろんなメーカーや広告代理店が、契約してくれています。
インターネットリサーチの会社は他にもありますが、
消費者の情報をデータベース化して情報を提供している会社は
そんなには無くて、競合はあんまりいないですね。
仕事は大きくは二つに分かれていて、サービスをいろんなお客様に売る営業と、
データを元にレポートを作ったり分析したりするプランニングです。
私はゼネラルマネージャーという肩書きで、
両方を見渡しながら何でもやる、全体を統括する立場です。
―学生だとなかなか知る機会の無いお仕事ですね。
芸術工学部からマーケティングというのが想像しにくいのですが、
どうして今のお仕事に?
もともとは編集の仕事をしていたんです。就職活動をして、内定をもらったのがソフトバンクパブリッシングという東京の出版社でネットランナーという雑誌の編集部に配属になりました。それが超オタクの雑誌で10人位の編集部だったんですけど、新卒を採るのが初めてだったので可愛がられて、最初からいろいろ教えてくれましたね。編集の仕事は希望してた職種だし、楽しくて、それなりにがんばりました。
就職して2年経ったころ、大学4年の時に参加した「てつそん」っていう全国の美術やデザインなどを学ぶ大学の合同卒業制作展があるんですけど、そこで知り合ったデザイナーの人に、今の上司を紹介されました。それで、「新しい事業するんだけど、専属で一緒に働いてくれる人を探してるからウチに来ない?」って初対面で言う訳ですよ。
私は転職したいとも思ってないし、マーケティングに興味があるって話もしてない。
でも、話をするうちに、この人はすごい面白いし、
やろうとしてることにもすごい可能性を感じる、と直感で思ったんです。
一回会社に遊びにおいでよってって言われて、
後日会社に遊びに行ったら、やっぱりウチで働かないかって。
何か面白い気がするって確信があったんで、6月のボーナスまで待ってもらって(笑)、転職しました。
また、学生時代にDTPのバイトを経験した際、雑誌の誌面デザインよりは、
そこに書かれている内容を生み出すことに携わりたい、といったように、モノが生み出される、
最初の源流に近いところにたどり着きたいなって漠然と思っていました。
マーケティングは、特にモノを市場に出す前に重要なフェーズでもあるので、
そういう意味ではより源流に近い仕事です。
だから、別にマーケティングを勉強したこともないし、全く関係ないと思っていたけれども、
話を聞いてみて、自分の興味に近いんじゃないかなとピンっときました。
―運命の出会いだった訳ですね!
転職されてからは、どんなことがありましたか?
私が入った頃はまだデータベースができたばかりで、
上司に付いていろんな会社を訪問するうちに、徐々に契約者を増やすことができました。
人と話したり会ったりする仕事は自分に向いてないと思ってたんですけど、
営業の仕事をするようになって、面白いなと気づきました。
ほかにも、最初の仕事で書籍を作ったり、
見積りや請求書の作成などお金や数字に関わることをしたり、
本当にいろんな経験をさせてもらえましたね。
学生の頃に「手に職を付ける」感じで覚えたIllustratorで、パンフレット制作もしていて、
全然違う仕事をしていますが芸工で学んだことも生かされてるかな。
そして、小さな会社だったブランドデータバンクが何年かかけて大きくなってきて、
去年会社の方針で、インターネット調査会社のマクロミルの子会社になったことで、
更に大きくなろうとしている。それにちょっとでも協力しながら、
会社が成長する場面に立ち会えているのはすごく面白いですね。
―本当にいい会社にめぐり会えて、充実されているんですね。
就職活動の際、どのように自分に合った会社を探せばいいか
アドバイスをお願いします。
インターネットリサーチの会社を例にとっても、知らない人が多いですよね。
だから今の芸工生には、幅広い視点で会社を探してみて欲しいです。
あと、自分の働き方に合った規模の会社を選ぶのは重要だと思います。
マクロミルは小さな会社と違って福利厚生がちゃんとしていて、
年に1回定期健診を受けられるのは良いと思います。
社員も300人くらいなのでコミュニケーションの面でもちょうどいいボリュームだと感じますね。
逆に小さい会社なら、意思疎通がもっと密になるし、意思決定もより早いと思います。
比較的大きい会社と小さい会社の両方を経験してみて、
どっちにも良い所悪い所があると思うんです。
―会社の大きさはあまり考えたことがなかったです。
いろんな側面から会社を見る必要があるんですね。
ところで、学生時代はどんなことをされていましたか?
グラフィックの授業を受けたり、情報・建築問わずいろんな先生のところに顔出しては、ワークショップに参加したりしてました。興味があるいろんなことを浅く広くやってましたね。バイトは雑誌を作るDTPの仕事や、飲食店を取材して記事を作る仕事などをしてました。そんな仕事をしながら何となくメディアの仕事がしたいなとか思い始めましたね。また、東京に憧れがあって好きだったこともあって、月一で遊びに行ってました。学生のうちにいろんなものを見た方がいいと思います。
―芸工らしく、浅く広い分野に積極的に関わっていらしたのですね。 最後に、横田さんにとって芸術工学とは何でしょうか?
芸術工学と言いつつ、芸術プラス工学じゃないところが難しいね。
私の中では、右脳と左脳のバランスが非常に良い学問だと思っていて、
手動かして絵描いたりデザインしたり、感覚的なことを学べる一方で、
文章や言葉、表現など論理的なことも関連してくる。
私は自分が広く浅くを超追求する人だって思っていて、その芸工らしさで、
専門に特化しているプロフェッショナルにも戦えるんじゃないかというのが持論です。
インタビューワ 稲垣 裕美子
13期生(平成20年度入学)デザイン情報学科
Webデザイン志望―インタビューの感想―
バリバリ働いているかっこいい女性だと思います。
いろんな研究室を覗きに行ったり、いろんな場所に赴いたり、
もっとアクティブに行動していきたいと思いました。
Vol5. 2010年5月 小川 直茂さん 芸術工学部1期生
岐阜市立女子短期大学 講師
小川 直茂さん
1期生 視覚情報デザイン学科 平成11年度卒業
大学院芸術工学研究科博士前期課程 平成13年度修了
—講師になるまでの流れを教えてください。
2002年に名古屋市立大学大学院博士前期課程修了後、中日新聞社の編集局デザイン課で新聞紙面におけるデザイン制作に携わりました。約5年の勤務を経て同社を退職後、大阪大学大学院に入学し、2009年4月から岐阜市立女子短期大学生活デザイン学科で教員として働いています。
科目としては、主にグラフィックデザイン系の演習や「色彩学」、「基礎造形」などを担当しています。基礎造形では烏口とアクリルガッシュを使って線や面、幾何形態などを描く課題を出します。芸工で言うとデザインストロークのようなものですね。一見単純なトレーニングですが、意外とデザインの資質が見えるんです。まっすぐかすれずに線をひけるか、はみ出さずに色を塗れるか、というのはセンスや才能以前に、課題に取り組む姿勢の問題。しかし、実はそれが馬鹿にできません。この課題に丁寧に取り組める学生は、実践的なデザイン課題においてもきちんとした成果を仕上げてくる。逆に雑な作品ばかり作っている学生は、その後自分の専門分野の課題に取り組む際にも、今一歩デザインが突き詰められないようにみえます。デザインでは、才能のあるなしに関わらず、まずきちんと丁寧に仕事に取り組むことで相当高い水準に到達できるはずで、センスや才能はその先にあるのではないでしょうか。
—中日新聞社の仕事はどのようなことをされていましたか?
また、もう一度学生に戻ろうと思った理由はなんですか?
中日新聞社の編集局デザイン課は、元々は「図案課」という名前で、
記者の依頼に合わせて地図やグラフなどの視覚的な部品を制作する部署でした。
そのため、たとえば新聞紙面全体のデザイン性といった統括的な視点での発言ができるとは
なかなか言いがたい立場にありました。
僕自身は「デザインは部品をつくるためのものではない」という考えを持っていましたから、
編集局に対して、新聞づくりにおけるデザインの有効性やデザインの総合力を説き、
社内でのデザインに対する意識を高めるように努めました。
その後、紙面で連載される時評の挿絵を3年ほど担当したのですが、その仕事をきっかけとして、
紙面全体のレイアウト等についてもデザイン面での意見を出していけるようになりました。
芸術工学部を卒業した人間の責務として、デザインの先端領域のみならず、
これまでデザインにさほど強い認識を示してこなかった業界に対して、
デザインの可能性を具体的に示すことが挙げられると僕は考えています。
情報を視覚的に表現し、読者に分かりやすくデザインするという
中日新聞社の仕事はとてもやり甲斐のあるものでしたが、
一方で新聞という枠組みを超えた取り組みにはなかなかチャレンジできませんでした。
デザインでやれることがまだ他にもあるのではないか、その見識を広げるために
再度勉強したいと思い、新聞社を退職して大阪大学大学院に入学しました。
—デザインに関する意識改革が必要な分野は多くあるのでしょうね。
学生時代に興味のあった分野、専門は何ですか?
特定の分野に的を絞って他分野に関心を示さないのは芸術工学部の理念にそぐわないと考えていたので、色々な分野をまんべんなくつまみ食いすることを意識的に行っていました。ただ、どうも器用貧乏になりそうでしたので、しっかりとした芯が必要だと感じ、名市大の大学院では川崎先生の研究室で2年間じっくりと勉強させていただきました。
僕が在籍していた当時の芸術工学部のカリキュラムですが、1年次に絵画や彫刻などを通して基礎能力を修得し、2年次と3年次の前期まではグラフィック・映像・情報工学・建築・都市景観など様々な分野の講義や課題に取り組みました。最終的に専門分野を決定したのが3年次の後期終了後。このタイミングはさすがに少々遅かったようで、就職活動の際にも、
専門的な知識や技術についてのトレーニング不足が課題として浮上してきました。
今では2年次から専門分野を決めて集中的に取り組める形になったようですね。
これは確かに良い面もあるのですが、逆にもったいないと思うこともあります。
一分野に特化して学習する環境が確立してしまうと、時折、芸術工学部が本来備えている
「器の広さ」を有効に活用できない事態が発生してしまう。
芸術工学部には多くの専門分野を横断的に学べる環境があるのだから、
周りに目を向けて、芯を持ちつつ積極的に幅を広げていってもよいと思います。
とはいえ、専門性と総合性の両方を身につけられる「完璧なカリキュラム」をシステムとして
構築することは難しいので、理想の実現には学生の
自主的かつ積極的な取り組みが欠かせないでしょうね。
―芯があり幅広いっていいですね。
小川さんは多くのことを学ばれていますよね。
その中でも特にやりたいデザインとは何ですか?
学生時代はとにかく色んなことをやりました。
現在、特に興味を持って取り組んでいるのはコミュニケーションデザインです。
何をデザインするにしても、モノと人との間に発生する対話や、
モノを通じて人と人との間に発生する対話を無視することはできません。
その対話、つまりコミュニケーションをいかにデザインするかについて
研究と制作の両面から考えていきたいです。
大阪大学大学院では、川崎先生が「いのちと向き合うデザイン」をテーマに掲げており、
僕自身もその場で先生が取り組む複数のデザイン研究プロジェクトに関わりました。
そこで得た経験と、川崎先生が提唱された理念が、今の僕の活動の規範になっています。
たとえば医療の現場において、不透明な情報や分かりにくい情報があることにより、
医療全般に対して怖さや不安を感じることがありますが、それを緩和して解消するために、
デザインで何ができるのかを考え、提案していきたいと思っています。
—ホームページを拝見したのですが、
小川さんは多くの作品を制作されていますよね。
また、コンペにもよく出されているようですが?
コンペは、自分の得意・不得意な部分を確認したり、プレゼンのスキルを向上させたり、
実践的な能力を高めることができるので、学生達には積極的に応募するように言っています。
やるたびに力がつきます。そのうち、ただ与えられたテーマについて考えるのではなく、
なぜそのテーマを設定したのかといった背景や社会的状況までも深く考察しながら
戦略的にデザインすることができるようになります。
この経験は、応募作品のクオリティ云々以上に、
将来デザイナーとして社会に出て仕事をする際にも非常に大事だと思うんです。
単に言われた要求に応えるだけではなく、なぜそのデザインが必要なのか、
そのデザインによって何を実現し、どんな未来を拓くのか、
というところまで考えを突き詰めなければ、良いものにはなりませんから。
—深く考えるということが重要なのですね。
就職活動の際、ポートフォリオをどのように作っていけばよいですか?
名市大は、これまでの先生方のご指導の甲斐あって「コンセプトに強い大学」という評価を頂けていると思います。ですので、まずコンセプトの部分は外さないことですね。課題に対して何を問題と捉え、どう解決へと導いたか、それらを系統立てて整理し、短く明快な言葉で分かりやすく示すことが大切です。毎年、芸工の卒業制作展を拝見していますが、とにかく制作内容を一通り書き上げることに執心してしまって、見やすさにまで意識が向いてない人も時々見かけられます。
「どう伝えるか」という能力は、まだ伸ばす余地があるかな、と思います。
ポートフォリオに関して言えば、全般的に学生は情報を詰め込む傾向にあるので、
もっと思い切って構成に余裕を持たせたり、ページをめくることで読む人の意識を変えるなど、読まれ方のデザインにも配慮すると良いですね。
一度、作品の説明に必要な諸要素を徹底的に解体してみると、
詰め込み型とは別のまとめ方が見えてくるように思います。
—社会人になられたうえで、学生のうちにやっておくべきことは何ですか?
無茶をすることですね。失敗することを恐れないでほしい。
むしろ失敗すればするほど自分の身になると思ったほうが良いです。
岐阜で1年間、教育活動に従事してきましたが、
今の学生達はすぐに正解を聞きたがるし、
すごく効率的に答えにたどり着こうとするように感じます。
失敗や回り道を「ただの時間の無駄」だと考えている節があるんです。
まず自分で考えなさい、実際にやってみなさいと言っていますが、なかなか直らないですね。
頭や手を使わずに聞きかじっただけの情報は、価値としては希薄で、
せいぜいその場を切り抜けるぐらいの役にしか立ちません。
それに比べて、何らかの失敗を実際に経験して「なぜ失敗したのか」を身をもって理解できれば、
その経験を発展的に応用して別の事例に対応することも出来る訳です。
そういう意味で、たくさん失敗してください。
また、周りと積極的に触れ合い、刺激し合うことも大切です。
大学は、自分とは異なる考え方や価値観を持つ友達や、経験豊かな先生方から、
色々な情報を引き出して自分の中に取り込める環境なんですね。
一度聞いたこと、知ったことは、一時忘れることはあっても決して消えてなくならない。
いつか自分にとって必要になった時にパッと出てきて、
「あ、あの時こういうことがあった」となるものです。
とにかく学生時代は、周りからたくさん吸収し、たくさん失敗し、
体当たりで自分を成長させていくことが大切です。
—芸術工学としてのデザインとはなんですか?
一つの視点にとらわれず、総合性を備えたモノづくりへの取り組みだと思っています。
初代学部長である柳澤先生が、僕達一期生に対して「芸術と工学は、
その成り立ちもスタンスも大きく異なる。
芸術工学部が目指すのは芸術と工学の融合ではなく、調和である。
そのハーモニーによって生まれる新たな未来に期待したい」とおっしゃっていました。
自分が学んだ様々な分野の知識や経験、それらが混ざり合うことなく、
各々の個性を保ちながらも調和し合い、化学反応を起こしていくこと。
それが、芸術工学としてのデザイン、つまり『総合デザイナー』なのではないかと考えています。
そして、目指すところは、やはり人間の社会や生活を真の意味で豊かにすること。
デザインは、理想をただの言葉でなく、モノやコトといった具体的なかたちで
示すことができる仕事です。
芸術工学部で学んだ身として、そういったデザインの可能性を次世代の学生達に少しでも
伝えることができれば、という思いで、今の仕事に取り組んでいます。
インタビューワ 山下 咲衣子
13期生(平成20年度入学)デザイン情報学科
プロダクトデザイン志望―インタビューの感想―
一期生の当時のお話は、とても興味深く楽しかったです。
基礎造形は本当に大切だと感じました。作業をする際に気をつけていきたいです。
Vol4. 2010年3月 遠藤 頌太さん 芸術工学部8期生
農業ベンチャー 食品安全マーケター※
株式会社M-easy遠藤頌太
8期生 視覚情報デザイン学科 平成18年度卒業
大学院芸術工学研究科 平成20年度卒業
森島 紘 研究室※専門的な知識を有し、消費者に安全を届ける職業。
※安全な商品を流通させるためのマーケティング企画立案従事者
-どんな仕事をされているのですか?
M-easyという常滑で無農薬・無化学肥料にこだわった農業をしている会社で働いています。
会社名は「Making the Earth Alive SYnergy」の頭文字を取ったもので「相乗的に地球を良くしていこう」みたいな意味です。
小さい会社なので事業計画や店舗設計などほぼ全てのことに関わるんですけど、僕の仕事は野菜の販売に特化した「やさい安心くらぶLLP(有限責任事業組合)」事業の活動がメインです。
-入社1年目で会社の全てのことに関わるなんてすごいですね。
その「やさい安心くらぶLLP」での仕事を具体的に教えていただけますか?
簡単に言えば、野菜の移動販売をやってるんですが、自社で作っている野菜だけでなく、自家用野菜に着目したのがポイントです。
常滑周辺ではたくさんの人が畑を持っていて、多くの方が自家用に野菜などを作っているんです。そういった野菜は自分たちが食べるから無農薬か最低限の農薬で済ませるので、市場の野菜より安心・安全。
その野菜を集めて、我々の考えに賛同して下さる名古屋の飲食店やお花屋さんの土地をお借りして販売する。販売場所を名古屋にしたのは、都心部に行くほど安全な野菜が手に入りにくくなり、消費者のニーズが増えるからです。
仕事の目標が二つありまして、一つはいかに安全な野菜で消費者に健康を届けるか。
もう一つは農業を経済的にどうやって自立させるか。
-作り手が食べている野菜なら確かに安心ですね。
では、その二つの目標について詳しく教えて下さい。
まず安全な野菜についてですが、我々の野菜を買いに来られる方の中には、持病をお持ちの方や、アレルギー体質の方がたくさんいらっしゃいます。
そうした安全を求めて買いにきて下さる方を裏切らないように、今の我々の技術では無農薬栽培が難しい野菜も、「全部無農薬にするぞ」って農家さんと気持ちを一つにしてやっています。
そして豊田市旭町の限界集落では、11人の若者が定住して完全無農薬・無化学肥料の自社製野菜の栽培に取り組んでいます。そこはきれいな清水の流れる山奥の秘境で、若者たちはお寺で共同生活を送っています。
究極の目標として健康な野菜を届けて病気を治すとか、予防医療とかを目指してます。実際に予防医学に力をそそいでいらっしゃる医師と協力して年に一回セミナーを開いたりしています。
農業の経済的な自立を目標にするのは、農業の問題を解決するには後に続く世代が出てこないといけないから。
農業の平均年収は100万円くらいなのですが、それを上げて就職活動の選択肢に農業が普通に出てくるくらいまでにしたいです。まずは自分達が成功事例を作ることで、憧れや夢を持った世代が出てくると思うんです。
-安全な野菜作りは、豊田市にも出来た生産チームに期待が持てますね。
そして農業の経済的な自立には、
農業は儲からないという固定観念を無くすことが重要なのですね。
では解決すべき農業の問題とはなんでしょうか?
僕の実家も兼業農家なんですけど、親の世代は外に働きに出て農業をしているのはまだ祖父母という現状があり、今の課題は祖父母から孫の世代への代継ぎ。でも孫も大半が反発する。そうすると、土地を受け渡せず、耕作放棄になったり、限界集落になっていったりする。
生産側の利益が少ないことも問題です。
例えば愛媛のみかん農家は、みかん一個の卸値が1~3円くらいと聞きます。
卸から小売までの中間経費がすごいかかるので、ほんとに生活できないような値段で取引しているんです。
大手小売に力があるので、小売が値段を下げたら、圧迫されていって生産農家が一番打撃を受ける。我々の会社は中間経費を全部取っ払うために、物流コストはかかるんですけど、自分たちで農家さんのところまで取りに行って、売る。利益配分は売り上げに対して我々と農家さんとで50:50なんですよ。他の会社には無いビジネスモデルです。
-生産者と対等な立場で取引をするビジネスモデルなんですね。
本当にやりたい事に向かっていらっしゃるように見えます遠藤さんですが、
学生時代に悩みはなかったんですか?
今でこそ自分の目標がありますけど、自分は何をすべきなんだろうってずっと思ってました。学部の時は興味のあった環境デザインをテーマにパッケージやグラフィックをやっていたんですけど、自分の中でしっくり落とし込んでる感覚がなかったんです。
なので、もうちょっと考えてみようと大学院に進学して、トリノ工科大学に留学もしました。でも、どんだけもがいてみても、結局しっくりこなかったんです。
そんな時、農業へシフトしていくきっかけが森島先生のアドバイスだったんですよ。修士研究のテーマが決まらず相談したりして、ある時自分の身内話になりまして。
自分の家の農業の後継者問題とかのお話をしたら、「お前、なんでそれやらないんだ」って(笑)。
今だから分かったんですけど、僕は長男で農業の跡継ぎ問題が小さい頃からあったんです。
でも、自分の可能性が断たれるのが嫌で、常にそこから離れるような行動を取ってきた。
それで最終的にはトリノまで行った。
結局何も見つからなかったけど、一旦離れてみると自分っていうのが見えたんですよね。
やっぱり実家の農業のことが常に頭の中をチラつく。
こんなにも気になるんだったら、一回腹決めてやってみようと思いました。
なんとなくとんとん拍子に進んでいったのはそれからですね。
-なにをするか迷われていたなんて、情熱的に仕事を
なさっている遠藤さんからは想像がつかないです。
今の会社にはどうやって就職されたんですか?
農業をテーマに研究を始めたころは、農業の話題が旬で、新聞記事に今の会社が載っていたんです。
それでコンタクトを取ってお会いし話をしたときに、これって自分がやりたいことの一つの具体例かなって思ったんですよ。
卒業後も気になっていたので、また連絡を取るようになり、そのうちにやっぱりやりたいことに近いなと思いまして。「やさい安心くらぶLLP」という販売事業が始まって間もない頃だったので、自分のやりたいことが出来るんじゃないかなとも思って、迷わず飛び込みました。
-すごい行動力ですよね。
その姿勢が、M-easyとの出会いを導いたんですね。
今だから言える大事なことはなんですか?
人と会うことを大事にしてください。
何かを成し得ようと一人で長時間かけて努力したことが、
実は人に聞けばたった一分で分かるってことがざらにあるんですよね。
人の力を借りてやればいいから、いかに怖がらずに会ったり吸収しようって思うか。
人に助けられて生きているって感じるし、大学の時の恩師 森島先生、
そういった存在が無ければ今の僕は無かった。
いろんな人に聞いたり意見を言ったりして、進むことってあると思う。
僕も何やりたいか分からなかったけど、見つけようともがき続けたのは確か。
興味を持った人に会いに行ったり、行動したから、結果がよくなってきたっていう感じです。
家で悩んでても、絶対に見つからへん。
神様って見捨てへんもんでね、自分の一番大切な部分を思い切って差し出すでしょ。
すると絶対それに応えてくれる。不思議ですよね、誰かに引っ張られてるような感じ。
すごく抽象的に言うなら、運命(笑)。
-素敵ですね。
勇気を出して行動することで、やっと自分らしい景色が見えてくるんですね。
最後に遠藤さんにとって芸術工学とはなんですか?
大学で一番何が養われたかというと、自分の場合は課題解決力だったりバランス力だったりだと思うんです。たとえ専門外の事であっても、ある程度物事を理解してしまえば、芸術工学という学問がどんな分野にでも活かせると思うし、芸工生として社会に通用する実感があります。
今の仕事でいえば、農業を農業の力だけで何とかしようって思っているのではなくて、医学や栄養学、情報を農業と結びつけることで一つの新しい価値にしようとしてるところ。今まで個別だったもの同士を結んだら相乗効果があるんじゃないって感性は、芸術工学のとても良い所じゃないかな。
インタビュアー:稲垣 裕美子
13期生(平成20年度入学)デザイン情報学科
Webデザイン志望―インタビューの感想―
何かを成し遂げたいと思う、夢の力は偉大だと感じました。
自分の立ち位置が分かって、そこから物事を眺められるような大人に、早く仲間入りしたいです。
Vol3. 2010年3月 鈴木 多恵さん 芸術工学部6期生
インテリアアドバイザー
IDC大塚家具鈴木多恵
6期生 生活環境デザイン学科 平成16年度卒業
山口良臣 研究室
—仕事内容を教えてください。
大塚家具でインテリアアドバイザーとして働いています。現在は営業社員のフォローに入り、新築物件のカーテンや照明の提案を主にしています。お客様のご要望や予算を伺い、図面を見ながら、その人その家に一番合ったインテリアを提案します。実際に現場まで伺って打ち合わせをする事も多いです。
入社後3年間は営業の部署で家具の営業をした後、よりインテリアの専門知識が必要となるカーテン・照明の部署に配属となりました。コーディネートの勉強はほぼ独学。実践で学びながらセンスを磨いて行かないといけません。
—仕事で大変だったことはなんですか?
結果を求められるので、年次が上がるごとにノルマも上がります。なんでうまくいかないのだろうって落ち込むこともありますが、結果が伸び悩んでいる時こそ思い詰めず、やれることを最大限やるべきですね。私の場合は、季節のお手紙をこまめに出すなど、お客様に対して誠実に、命をかけるぐらい一生懸命に働くことを信念としてきました。
—芸工生は空間デザイナーになれますか?
空間デザイナーは建築出身の人が多いですね。
空間の設計や内装の設計を仕事にしたいなら建築系を出て、
就職活動ではデザイン事務所や内装設計の企業を受けるのがよいのではないでしょうか。
必要な技術としては建築士の知識・技術です。
デザイン情報からだと、例えば空間そのものをデザイン、
設計するという仕事にいきなり就くのは難しいと思いますが、
インテリアコーディネーターの仕事から入り、
仕事をしながら勉強してスキルアップすることは十分可能です。
—会社はどういった人間をほしがっているのですか?
別に特殊な人を求めている訳ではなく、質問をした時に的確に答えることができるような、一般常識やマナーを持っている事がなにより大事です。また、インテリア業界では女性は重宝されます。住宅関係の仕事は施主様の奥様と話すことが多く、その場合女性の方が感性が合うし、物腰が柔らかいので心を開きやすい。だから、長く働ける女性は必要とされます。結婚しても働いている女性も多くいますよ。
—今後のキャリアアップの目標は?
実は、私来月退職するんです(笑)。もともと、3年働いたら大学院に行こうと思っていたんですけど、楽しかったのでそのまま働き続けて5年。これからはより幅広い技術を身につけ、スキルアップしたいなと今は思っています。
転職のリミットは29歳と転職業界では言われていますが、技術職は別ではないのでしょうか。
社会は色々な人たちで成り立っていて多様な職業があるのですから、
自分のタイミングで自分なりに、やりたい事を探し、転職をしていけばよいと思います。
—就職活動はどうされましたか?
私は芸工時代、ものづくりやデザインについて学ぶ中で、
自分自身でものを創るより、今あるすぐれたものを使って、
居心地のよい素敵な空間を作る仕事に就きたいと思いました。
ひとつのものに集中してそれを掘り下げるよりも、
色んなものを組み合わせて作品にするほうが好きだと思ったから、大塚家具を選びました。
在学中から行きたい会社の先輩と連絡を取ったりしていました。
行きたい会社があるのならばどんな技術が必要なのか直接聞いてもいいかもしれません。
でも、ある技術がなければ入れないという会社はそうそうないのではないのでしょうか。
自分の強みなども考えておくといいですね。
—在学中の経験で役立ったことは?
精神力と多くの知識を得たことです。「知っている」ということはとても重要です。壁にある画家の絵を飾りたいとお客様がおっしゃった時に、その画家の話を広げられたら相手に信頼してもらえます。相手の話を理解するだけで、仕事の幅が広がりチャンスはぐっと増えますよ。
また、色彩検定2級を取得するなど、色を勉強してきたことは本当によかったと感じています。カーテンの色を考える時にも色合いの裏付けができるんですよ。例えば、木材の家具には差し色として緑色を提案し、茶色と緑色の組み合わせが木を連想させ、自然界にある配色なので親しみやすいですよね、など相手に分かりやすい説明ができるようになりました。
—相手と話す際、どのようなことに気をつけていますか?
好きな色やテイスト、ライフスタイルなど相手のことを積極的に聞くことです。
大切なのは聞き上手になること。聞かないとその人の求めるものがわからないですよね。
最初はうまくいかないことばかりでした。
自分が一生懸命説明したつもりでも、後日違う店で買われてしまったり。
しかし、その時々で相手の思いをちゃんと汲み取れていなかったと反省して、
そういう中で聞くことの大切さを実感しました。
真剣さが伝わることで心を動かし、逆に、自分本位な提案や、
そういった気持ちが少しでも伝われば心をつかみそこねる。
気をぬけない、人の心と付き合う仕事ですね。
—鈴木さんにとってデザインとはなんですか?
生活を豊かにしてくれるもの。
なくても生きていけるけど、あることで生活が豊かになり、より楽しくなるものですね。
デザインをうまく生活に取り入れることで、心が満たされ幸せになれるのではないでしょうか。
インタビューワ 山下 咲衣子
13期生(平成20年度入学)デザイン情報学科
プロダクトデザイン志望―インタビューの感想―
鈴木さんのお話を伺ってから考え方が変わりました。
人の話を聞くということは大切だと分かっていても、なぜ大切であるのか、ということがよくわかりました。
魅力的な話ばかりで、とても勉強になりました。
Vol2. 2010年2月 長谷川 麻衣さん 芸術工学部6期生
アパレル系 グラフィックデザイナー
株式会社マグネット長谷川 麻衣
6期生 視覚情報デザイン学科 平成16年度卒業
森下良三 研究室
-仕事について教えて下さい。
株式会社マグネットというアパレル系の会社でデザイナーをしています。アパレルメーカーさんから依頼を受けて、そこのブランドの商品を生産、管理するOEMの仕事と、デザイン画などをメーカーさんに売る企画の仕事をしている会社です。
私は、子どもから大人まで、洋服は全部デザイン経験があります。子ども服の定番ものから、10代・20代のギャル系とかナチュラル系、アメカジとか古着っぽい感じのものとか。いろんなお客さんから依頼が来るので幅広く描けるようになりました。
一つのアパレルメーカーにいたら、そのブランドのテイストとか世界観になってしまったり、
カットソー・ニット・布帛(ふはく)で担当が分かれたりするんでしょうけど。
私は、広く浅くだけど、いろんなことができるようになったのはよかったと思います。
やっていくと、自分が着ないギャル系が一番得意なんだとか分かってきました。
あ、こういうの売れそう、っていうのが分かるんですよ。
ひとりよがりにならずに、ここのお客さんが着るかなとか、そういうのが一番大事だと思います。
-デザインをされる際、どんなことを考えるのですか?
どんな人が買うのか、いつ店頭に出てそのとき何が流行っているか、そういうことを考えています。しっかりとやるときは、1カ月ごとにテーマを決めてやっていくことも。あと、先月出したものと合わせられるようにして、ずっとそのブランドで着こなせるようにもしています。
服飾業界では一応トレンドが決まってて、みんなパリコレとかミラノコレクションとかを参考にしています。今年の春はD&Gを見てウエスタンが流行ると思うんだけど、そのまま真似しても着づらかったり、リアルじゃない。自分たちのお客さんがこういう子だからこう着せるんだとか、それぞれのブランドが自分たち流にアレンジしていかないと。
トレンドだから押さえないといけない“見せる商品”もあって、
去年のナポレオンジャケットとかがそう。
お店の雰囲気を今っぽくするためにやるんです。
商品は見せる商品と定番とその中間のものとがありますが、
今はユニクロがあるので、定番がなかなか売れなくなってきてます。
デザイナーをしていてうれしいのは評判が良いとき。
知らない子が着てるのを見たとか、雑誌に載ったとか。
パリス・ヒルトンが着てたときは、会社でキャッキャとはしゃいだりしました。
-情報はどうやって収集されるんですか?
お店見に行くといっぱい情報が入ってきます。
例えば、前の方に置いてあると売れてるんだとか、
次の週に行って一番下にあるとちょっと売れ行き悪いんだなとか。
あと店員さんとしゃべったり、その辺歩いてる子の服見たり。
企画するのは半年くらい前なので、ちゃんとストックもしておかなきゃいけなくて。
私の場合は、雑誌はあまり注目して見てないんだけど、
かわいいなと思ったらどんどん雑誌を切り抜いて、自分のネタ帳に貼っておきます。
-アパレル業界に就職するにはどうすれば?
会社にもよるんですけど、学校は全然関係ない。
ファッションの専門学校を出て、ある程度の知識があると思っていても、
実際は就職してから学ぶことがほとんどなので。
やる気があって素直でがんばってくれる人がいいですね。
やり方とか仕組みも会社によって違うから、
学生のうちは思いっきり楽しめば良いと思います。
好きなことが絶対何か役に立つと思うから。
あとは、服飾系で何をやりたいかですね。
パタンナー(型紙を作る人)なのか、テキスタイルデザイナーなのか、
ファッションデザイナーなのか。グラフィックっていう分野もある。
パターンナーならCADを使うけど、デザイナーはあんまり特殊な技術はいらないですね。
あと、マーチャンダイザーって呼ばれる商品化の全体を見る人がデザイナーよりも上にいます。
-学生時代はどんな風に過ごされましたか?
大学2年生の時から企画会社でアルバイトをしてて、そのときに広告やDMとかのグラフィックをやってました。あと洋服のプリント柄をやったり。
卒業制作の提出前3カ月間はずっと学校に居ました。シルクスクリーンをやって、家にはお風呂に入るために帰って、寝るときは森下さんの研究室にベッドがあったのでそこで(笑)。
-最後に、長谷川さんにとってデザインとはなんですか?
自分も人も喜ばせ、笑顔にするようなもの!
気持ちを動かすものですよね、やっぱり。
森島先生のお別れ会(最終講義)のときに、
一人ずつに色鉛筆をくれたんですけど、
そこに先生作の詩みたいのがあって。
「素敵な色鉛筆を持ったら、
それを入れる上質な筆箱が欲しくなって、
それが手に入ったら次はそれを入れる素敵なかばんが欲しくなって、
かばんを買ったら、次はそのかばんに合う服が欲しくなった。」
とか書いてあったんですよ。
それを見て、あぁ、こういう服を作れたらいいなって。
その人に気に入ってもらえて、
その詩の中に登場できるような服をつくれたらな、って思いました。
インタビューワ 稲垣 裕美子
13期生(平成20年度入学)デザイン情報学科
Webデザイン志望―インタビューの感想―
終始笑顔でお仕事のことを語って下さった長谷川さんにとても魅力を感じました。
大学を全力で楽しんで、自分らしい作品の作り方や
表現の仕方を学んでいきたいです。













































