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Vol16. 2012年5月 林 典子さん 芸術工学部8期生
株式会社ケイ・ウノ
宣伝広告係林 典子
8期生 生活環境デザイン学科 平成18年度卒業
山口良臣 研究室

―林さんの仕事について教えてください。
ジュエリーの販売やデザイン・制作をしている会社の宣伝広告係で、プレス(広報)や販売企画をしています。
具体的には季節ごとのフェアや雑誌広告の企画をするのですが、先日担当した女性雑誌のタイアップ記事では、雑誌編集者と誌面構成を考えたり、モデルの撮影に立ちあったりと、良い経験をさせていただきました。ブライダルイベントのブースデザインをすることもあります。いかにお客様に楽しんでいただけるか作戦を立て、ディスプレイはもちろんブースのレイアウトや色味、入口の形などをデザインします。
また、販促物やショップ袋、ジュエリーケースなどのディレクションをして、社内のデザイナーと話し合いながら作ることもあります。自分でIllustratorなどを使って制作をするわけではないですが、意外に芸工らしいことをしていますね。
―林さんはどのような学生だったのですか。
私たちの頃は今よりも実習の選択が自由でしたので、プロダクトやグラフィック、映像など色々な科目に取り組んでいました。もちろん実習も楽しかったのですが、課題に黙々と一人で取り組むよりも学校祭のようにみんなで企画してつくり上げることの方が魅力を感じていました。新入生歓迎会やクリスマス会を企画して走りまわっているのが好きな学生でした。
―そうした経験から仕事を選んだのですか。
就職活動では、自分が本当にやりたいことが始めはわからず、自己分析をしたり色々な業種のことを調べたりしていました
就職活動って恋愛みたいなもので、相性があったら受かるって聞きますよね。だから受かったところが運命の場所なんだろうって、たくさんの会社の説明会に行きました。でも、始めは選考を受けていてもどこかピンとこない会社ばかりで、そういう会社は結局落ちてしまっていました。そして夏を過ぎても内定が貰えず焦り始めたころに、ケイ・ウノに出会いました。
就職情報サイトに掲載されているたった3行の会社説明の文章を見て、ここだ!って。ビビビっと来てすぐにエントリーボタンを押しました。
ケイ・ウノは主に結婚指輪などのオーダーメイドジュエリーの販売をしているので、「一人ひとりのために世界でひとつだけのデザインをする」という考えに共感したのだと思います。お客様の一生に一度の宝物探しのお手伝いがしたい!と、当初は接客業で入社しました。
ところが入社のタイミングがちょうど宣伝広告係を立ち上げる時期と重なり、1カ月間接客業を経験したあとに今の配属先に異動となりました。
―もともとは接客希望だったのですね。
学生の頃に3年間スーパーで接客のアルバイトをしていましたし、人と話すことが好きだったので。宣伝広告に異動してからも、一度だけ接客に戻りたいと悩んだことがありました。
でも、宣伝はお客様が私達のブランドを知る最初の扉なんですよね。接客しながらお客様の幸せな顔を見たいと思っていたのですが、宣伝広告係ではお客様の来店されている数を見れば自分たちの想いが伝わったことが分かります。そういうことに携わることができるのは、とてもありがたいことだし、やりがいを感じます。お客様と直接話す機会はなくても、社内の先輩や後輩、社外の業者の方々と話し合い、アイディアを出し合う機会も多いので楽しんで仕事に取り組むことができています。
今は入社して6年が経ち、プロモーションチームのリーダーという立場を任され、後輩も増えました。そうなってくるとマネジメントといいますか、チームのことも考えなくてはならない立場になります。最近では、周りのスタッフの夢を叶えつつ、一番効率よくスタッフみんなのパワーを引き出すためにはどうするべきかを考えるようになりました。
今は後輩のイキイキしている顔や、頑張っている姿を見られることが本当に嬉しいです。先日も少し大きめの仕事を任せた新入社員が、報告会で泣きながら「辛いことを乗り越えた」という話をしてくれて、本当に良かったなと感じました。
―仕事をする上で、何か気をつけていることはありますか。
健康管理には気を遣っています。私がピリピリしていたり、疲れて元気がなかったりすると、きっと後輩は困っていても、私に相談しにくいですよね。オフィスの空気は上司が作るものだと思うんです。私自身も新入社員だった頃、先輩に声をかけてもらったり、ちょっとしたことにメッセージをくれたりしたことが、とても励みになったことを覚えています。だから、元気に挨拶をしたり、お昼休みに話しかけたりして、みんながホッとできるような雰囲気づくりをしようと心がけています。
学生時代よくしていた徹夜も絶対しないですね。仕事では、いかに時間内にクオリティの高いものを仕上げるかが重要だと思います。
そして仕事は仕事、仕事が終わったらプライベート、としっかり分けています。プライベートでは会社ではできないこと、例えば、情報を取り入れる時間として使うようにしています。街に遊びに行っても、素敵な看板やディスプレイを探したり、楽しい買い物ってなんだろうって考えたりするように意識しています。
―逆に社会人になってからも学生のころと変わらないことはありますか。
「来てくれた人を楽しませたい」それは学校祭や新入生歓迎会の運営のときも、今の仕事でも変わらない想いです。そして、各担当者がバラバラだと何もいいものはできないので、役割を分担して進行状況を見て…。皆で足並みを揃えることの大切さは変わらないですね。
それから、学校の授業でプロダクトを作るにしてもポスターを作るにしても空間をデザインするにしても、社会やそれを使う人のことを考えてデザインしますよね。私は今雑誌を作ったり、ネットに載せる言葉を選んだりしていますが、やはり同じポイントを意識しています。どんな仕事をするにしても、社会や人のためを考えなくてはいけないと思っています。
―学生時代にしておくべきことなどありますか。
とにかく多くの人と話すことをお勧めします。先輩後輩問わず、バイト先の店長でも、他学部の子でも。人と話すといろいろな考え方に触れられるし、自分の持っていない情報を得られますよね。それってとても得だと思うんです。学生のうちにできるだけ価値観が異なる人たちの話をたくさん聞いて、視野を広げていって欲しいと思います。
たくさん吸収できる時期ですので、色々な世界を見て、就職をしてからの視野を広く持てるように準備できるといいですね。その方が人生、楽しく過ごせるのではないでしょうか。
私は結構人見知りなのですが、意識して人としゃべるようにしています。人事部にも商品開発部にもよく足を運びますし、やはりお客様の声を聞くことが大事なので店頭スタッフにもよく電話します。
それに店頭スタッフが商品に対して、「わっ、かわいい!」って盛り上がって愛情を持つことが出来なければ、その良さをお客様に伝えることは難しいと思います。だからよく店頭に行って、どうしたらもっといい商品ができるか、どんなフェアがあったら楽しんでもらえるかと尋ね、みんなの意見を吸い上げながら企画をしています。その方が店頭のスタッフも押し付けられている感じがしなくて「自分達で作り上げている」感が出ていいですよね。自分も参加しているので愛着が沸くし。そういう対話から生まれたものは、デザイン云々ではなく、お客様の喜びにつながります。
―もうすぐ社会人になる学生にアドバイスはありますか。
最初の1年は辛いことも多いと思います。覚えることがいっぱいあるし、会社からの信頼を構築する時期ですしね。「あの子はどんな能力があるんだろう」って試されてように感じることもあるかもしれません。でもそれって逆に言うと、先輩や上司にアピールできるチャンスでもあります。頼まれたことを着実にこなしたり、積極的にコミュニケーションを取ったりして、信頼されるスタッフになることが大切だと思います。
2年目は1年目で得たことを死に物狂いでやって、自分のモノにしていく時期だと思います。3年目になると仕事も一通り出来るようになり、冷静に将来のことを考えるようになって「この仕事でよかったのかな」と悩む人も多いと思います。実際に私の友人の中にも、そういった人がいました。でも簡単に「こんなはずじゃなかった」と諦めるのではなく「この状況は何か問題なんだろう」「どうしたら乗り越えられるかな」と考えてその時期を乗り越えてみてください。いつの日か、とても成長している自分に気づきますよ。
学生と社会人は様々なことが違います。環境が変わるということは誰にとってもストレスです。たくさん悩んで、たくさん泣いて、しっかりと仕事と向き合ってほしいと思います。
インタビューワ 竹森佳奈
12期生(平成19年度入学)デザイン情報学科―インタビューの感想―
林さんはお仕事のお話を楽しそうに、生き生きと語ってくださって、とても格好良かったです。
仕事仲間への気配り、仕事にかける熱意等、いろんなことを考えながら組んでおられる様子が伝わって来ました。
インタビュー中にも集団で作り上げることが好き、とおっしゃっていましたが、そのためにたくさんの努力をされているのだと感じました。
自分も林さんの仕事に対する姿勢を見習っていきたいと思いました。
ワークショップ「あそびのつくりかた」写真レポート-3月19日(土)20日(日)開催
子供と大人で「あそびをつくる」ワークショップ、「あそびのつくりかた」が3月19日(土)20日(日)の2日間にわたり開催されました。岡田憲一さん冷水久仁江さん2人のゲスト、そして芸工卒業生である青木亮作さん斉川義則さん野口大輔さん3人の講師をお招きし、当日は約30名の受講生と約11組の親子が参加する、総勢50数名という大きなワークショップとなりました。
1.オリエンテーション
まず、講師の青木さんから「workshopという言葉の持つ意味」と「今回のworkshopの目的」について、受講生に向けたオリエンテーションをしていただきました。

「何を作るか決められていない場所」である工房(workshop)にて、「子どもが笑う知恵をみんなでシェアしよう」という目標のもと、どうやって知恵を見つけ出し、遊びを作り出すのか。そのヒントとなりました。
また、そこで青木さんは「スポーツのようなものづくり」の提案をし、普段授業にて頭でアイデアを練る受講生の私たちに「身体でアイデアを出し試作をする」ことを伝えました。
2.チーム別ディスカッション
次に講師を中心とした3つのグループに分かれ、子供の頃に楽しかった「あそび」のエピソードを思い出し紹介し合う、簡単なディスカッションを行いました。「あそび」における「オモシロ成分」の分析をすることで「あそびづくり」のキッカケをつくるとともに、頭と緊張がほぐれました。
3.あそびをつくる①
午後からは実際に子供たちに登場していただき、実践を行いました。


予想をはるかに上回る子供たちのパワーに圧倒され翻弄されつつも、あの手この手と趣向を凝らして「あそぶ」受講生の姿がそこにはありました。時間が経つに連れ子供たちも慣れてきたようで、自分からあそびを提案する子もみられ、確かな手応えを感じました。
4.作戦会議(おやつタイム)

ひとまず休憩ということで親子の皆さんにはおやつを満喫していただき、その隙に受講生たちは作戦会議。

ここではsus4の野村さんによる、最終成果物であるアプリのシステム解説と編集方法のアドバイス講義も行われました。身体と頭脳のフル回転で、受講生たちは若干お疲れのご様子。
5.あそびをつくる②

後半戦は、部屋を真っ暗にしてからのスタート。前半とは環境がうって変わり、明かりも材料も制限された状態でどのように子供たちを喜ばせるのかがポイントでした。

前半のようにスムーズにはいかないものの、暗いことを活かしての「光」や「音」を用いてのアイデアが次々と登場し、なかなか面白い発想だったのではないかと思います。
6.まとめ(1日目)

後半戦も無事終了して親子の皆さんを見送った後、1日目最後のディスカッションが開かれました。どんな「あそび」をつくり、どんな「面白さ」があったのかを思い出しながらカードに描き出し分類していきます。

みんな「子供疲れ」でクタクタにもかかわらず、笑顔を絶やすこと無く作業を進め、一段落ついたところで解散しました。おつかれさまです。
7.オカダケンイチさんによるプレゼンテーション

2日目はゲストのオカダケンイチさんによるプレゼンテーションからの始まりでした。いくつかの作品の解説や、そこにいたるまでのプロセスの紹介など、自分の経験体験談を交えての面白く不思議で貴重なお話をしていただきました。

個人的には「自分の周りを食いつぶしていくデザイン」という考え方がとても印象的で興味深く今後参考にしていきたい話でした。今回のワークショップの目標である「スポーツのようなものづくり」の実感が湧き、午後からの活力を頂いたように思います。
8.アプリをつくる
昼休憩を挟んだ後、3人一組の縦割り(年齢が異なる人で組む)チームに分かれての本格的なまとめ作業にとりかかりました。


1班につき6つ程のあそびを選び、それをアプリに落としこむために共有できるフォーマットに作り替える作業です。ちょっとした誤字脱字がエラーになるという緊張感あふれるバグチェックを固唾を飲んで見守りました。
9.まとめ(2日目)

そして、ついに、完成。目の前のスクリーンに映し出された画像ではなく、実際のiPhoneで手元にて、見て、触ることで実感が湧き、感動もひとしお。あちらこちらからポツポツと聞こえた感嘆は、やがて拍手へと変わり、みんな満足度が肌で感じられるものとなりました。

細かい修正を加え、近日中の公開を目指して今もまだ作業中ですが、公開された暁には日本各地のいろいろな場所で、子供たちの笑顔をつくるために役立てていただけるのではないかと期待しております。
Vol13. 2011年08月 東野 唯史さん 芸術工学部8期生
デザイナー
東野 唯史
8期生 生活環境デザイン学科 平成18年度卒業
三上訓顯 研究室
―芸工を卒業されてから今までのことをおしえてください。
卒業して2007年から株式会社博展に就職しました。展示会をメインに店舗やグラフィックなど様々なことができる会社でした。
博展を選んだ理由は、建築だけをやるよりも芸工のような環境で、幅広くやりたいと思っていたからです。グラフィックや空間、映像の人がいて、情報の集まる場所で、ベンチャーみたいなノリがあり、新人からバリバリやれるのが良いなと思って就職しました。その会社では、主に展示会のブース設計をしていました。どうやって目立たせようか、どうやって人を集め滞留させて営業しやすいようにもっていくかなどを考えていました。
2年9ヶ月勤めたあと、会社を辞めて、世界一周旅行に出かけました。その後は東京に戻ってきて、フリーのデザイナーとして仕事をしています。
―世界一周旅行はご自身のブログで綴られていますね。どのような旅行でしたか。
一昨年の12月に会社を辞めて、310日ほど旅行して、昨年、2010年12月に日本に戻ってきました。初めての海外だったので、最初は日本語が通じてご飯が美味しい台湾からスタートして。
その後は、中国、香港、マカオ、ベトナムからネパール・インドへ抜け、トルコからヨーロッパ諸国を回り、モロッコ、エジプト、イエメン、東アフリカを回り、アフリカ大陸縦断、南アフリカからアルゼンチンへ飛んで、中南米の国を巡り、最後はキューバから日本に帰ってきました。文字通り世界一周でした。
現地の学校のボランティアをしたりシャーマンの修行をしたりしながら、日本には無い価値観を沢山感じることができた旅行でした。費用は全部で150万円くらい、準備からあわせても180万円くらいでいけますよ。
―世界一周旅行に出かけるきっかけは何でしたか。
社会人になるときに海外やバックパッカーに興味を持って、「深夜特急」や「Design for the other 90%」という本を読んで、影響を受けたのがきっかけです。
社会人になってから旅に出る場合、会社を辞め独立する前ならまとまった時間がとれるだろうと思い、辞めるタイミングを見計らっていました。
―会社を辞める際に葛藤などありましたか。
会社では社員のデザイナー全員がコンペでの勝率を出していて、一人前の人が40%ぐらい。でも入社して2年半のとき、僕の勝率は物件にも恵まれて75%でした。そのとき、それまで働いた2年半とその後の2年半を想像して、このまま仕事していても、もう自分のデザイン的スキルと人間的スキルの伸びしろは、そんなに無いかもしれないと思いました。実績も作れるようもになってきていて、その頃の仕事が2009年にディスプレイデザイン奨励賞を受賞しました。
展示会の仕事ばかりしていても、あまり現状と変わらないだろう、違う情報を自分の中に入れないと面白くない。
もともと、逃げるような形では辞めたくなく、ちゃんと実績を作ってから辞めたいと思っていましたから、実績もあるし、このタイミングで自分のステップアップのために辞めました。
それから、展示会の設計を一生続ける気も無かったんですね。広告業界そのものに対してそんなに興味がなくなってしまって。そんなことできる人は僕以外にもいっぱいいますから。
―それで旅に出ることにされたのですね。お仕事中に心がけていたことはありますか。
「会社に期待をしないし、依存はしない」とずっと心に決めていました。もともとフリーでやりたい気持ちがあったので、いつ首が切られてもいいように心構えをし、仕事に臨んでいました。会社にしがみつくのではなくて、必要とされるぐらいのレベルで常にいられるように意識していましたね。
また、在学中に三上研究室の伊藤さん(現:名古屋工業大学准教授)に言われた、「社会人になったら馬鹿になるから気をつけろよ」という言葉が、社会人になって心に沁みました。会社の利益を上げるためのデザインと、大学のときに勉強していたデザインは全然違います。新人の時は仕事に追われて目先のことしか見えなくなってくる自分に気づいて、視野を広げられるように週末は必ず美術館などに行くように心がけていました。
―世界一周したあと、日本に帰ってきてからは何をされていたのですか。
戻ってきた直後は、転職するかフリーになるかまだ悩んでいましたが、結局いきたい会社もないので、やりたい方向を探したり勉強したり、いろんなとこに顔出したりしようかなと、フリーランスで働きはじめました。
業務内容は博展のときと変わらず、展示会やモデルルームのデザインをしたり、博展のころの先輩の仕事を手伝ったりしています。
フリーになってすぐに東日本大震災があって、何かしたいな、と考えるようになりました。フリーだし、地震で物件も止まっているので、ボランティアに行こうと思いました。仕事は回り始めたら帰ってこればいいやと思って。4月のはじめにap bankの一般参加ボランティアの第一期に参加して石巻に行って、その後、友人が立ち上げた青年東北支援隊に参加してGW明けまで石巻に入りました。
作業内容は瓦礫の撤去と泥だし。デザインではなく「人手」でした。作業をしつつ、団体のロゴを作ったりもしましたけど、とりあえず肉体労働をがんがんやりました。
今は仕事が忙しくて行けてないですが、仮設住宅に絵を描く企画の提案をしたり、全壊した建物を残して後世に伝えていく企画にも興味があって、今後も時間が作れたら行きたいと思っています。
―精力的に活動されているのですね。ではお仕事の今後の目標をおしえてください。
フリーとして食べてはいける、だけどそれだけでは満足できない。デザインもできるし、パースもやれるけれど、それだけでは面白くないというのが僕の考えです。
最近僕が良く考えているのは、「脱東京」と「脱デザイン」です。
僕は今東京で仕事をしているけれど、その理由は、デザインで稼いでいくには東京が一番手っ取り早いから。お金も集まるし、デザインに対するニーズも一番多い。名古屋や福岡で同じように働いていけるかというと、それは断言できません。ということは、東京という大都市の、デザインにかける広告費や消費の経済的な枠組みの中でないと生きていけない状態ということですよね。そうではなくて、ゆくゆくは田舎でもちゃんとデザイナーとして食べて行けるシステムができた方がいいなと思っています。僕は東京も好きだけれど、東京に依存して生活していくのは面白くない。
「脱デザイン」は、デザインを仕事としてやっているけれど、装飾的なデザインだけを頼まれる人にはなりたくはないという意味です。もっと根本のコミュニティのあり方から関わって行きたい。企画から携わって、その過程で必要となった時にデザインをしたい。今まで空間デザインやグラフィックデザインをしてきたので、そのマネジメントもできるし、必要な部分で働いていきたいです。
—その目標には何かきっかけがあるのですか。
山崎亮さんというデザイナーの本を読んで、コミュニティデザインに興味をもつようになりました。
この方は地元の人とじっくり時間をかけて町の復興の流れをデザインされています。一時期だけ人を集める仕掛けではなくて、デザイナーが町を去ってもずっと人が集まるように、町の人たちが継続して活動できるようにしている。今はこの方のような働き方で食べて行けたらいいなと思っています。
たぶん、そういう部分に興味があるのは、学生の時、川崎先生の一番最初の授業で、「お前らは日本のデザイン界を背負っていくんだ。デザインでもっと世の中を良くすることができる。」と言われたことが大きいですね。そのときの衝撃が今も残っています。僕の思っているデザインは、世間一般の人の言うデザインとは違います。もっと広い意味でのデザインをしたいのです。
もうひとつ、学生時代で心に残っているのは、芸工の伊藤先生からもらった一言でした。広小路を活性化させるための提案をプレゼンテーションした際に、「東野は設計とかは全然だめだけど、こういう提案はいけるからプロデューサーになればいいよ」と。これはとても嬉しかったです。
僕は卒業制作で、チルドレンズミュージアムという建物の設計をしました。
名古屋の小学校の多くが公園と隣接しているので、その場所を使って地域ぐるみで子ども達の教育ができる持ち運び可能なユニットを作る。そのユニットを栄の街中に持ち出して、ワークショップや展示をしたら楽しいだろうな、という提案でした。
今、やろうとしていることも、卒業制作でやりたかったことも、根本はあまり変わらないのかもしれませんね。
—学生時代から考え方を貫かれていますよね。東野さんにとって芸術工学とは何ですか。
ひとことで言えば、デザイン。でもこの学部で言うデザインは、世の中で言われているデザインではなく、もっと広義なデザインです。
いろんな学問を勉強して結びつけて形にするのも芸術工学、いろんな分野の人をマネジメントして、そこから何かの役に立つように導いて行くのも芸術工学。要するに、ひとつに偏らないこと。芸術工学の良さは、いろんなことに興味を持てるし、いろんなことが吸収できるし、いろんな人と話ができることだと思うのです。
芸大美大の人たちは絵の勉強をすごく力を入れてやってきているけど、芸工はそうじゃない。その中でデザインするならば、自分たちでないとできないことを考えて行けばいいと思います。
僕は芸工のような、芸術の分野の人とも、それ以外の分野の人とも歩み寄れる「中途半端」なポジションがとてもいいと思っています。芸工には幅広い分野の先生がいるから、こんな世界があるんだなっていろいろ覗き見れるでしょう。興味を持つ取っ掛かりにもなりますよね。
学生の時、三上先生に、建築家とかグラフィックデザイナーとかいろんな人と仕事をするようになると、対等に話をするために、相手のレベルまでその分野もやっておかなきゃいけないって言われました。そうすると、ひとつの視点から見えていた物が別の視点からさらに改良して行けるようにもなります。川崎先生がデザインをする時、内側の基盤まで考えて無駄の無いデザインをするように。それこそが芸術工学だと思っています。
―最後に学生に向けてメッセージをいただけますか。
形を作ったり、デザインを考えたりするのはトレーニングすればどうにでもなります。極端に言えばCGも図面も書けないまま卒業しても全然なんとかなりますよ。もっと言うなら、生きていくだけならばどうにだってなります。去年一年間世界一周して、出会った旅行者はみんな無職でした。でもみんな日本で職がある多くの人よりも幸せに生きているからね。
CGや図面のスキルを身につけることに時間を割くくらいなら、もっといろんなものを見て、いろんな人と話して吸収するほうがよっぽど有意義な大学生活だと僕は思う。スキルをつけるだけなら専門学校へ行けばいいし、そういうことを学んだ人がやればいい。
そういうスキルの部分は、社会人になってからも伸びると思っています。でもその土台はそうではない。大学の特性や置かれている環境で土台がつくられて、その後は伸びない部分がある。そしてそこは社会人になっても皆が揃うことは無いのです。
たまに、大学の勉強が役に立たないって言う人がいるけれど、そんな馬鹿な話はないですよ。めちゃくちゃ勉強になりますよ。ものの考え方はどの分野にも応用が効きますから。
みんなには大学にいるときのメリットを生かして欲しいと思います。大学生という立場、芸術工学を学んでいる立場、名市大生という立場。名古屋に住んでいることも含め、そういうことを駆使すれば他の大学よりもずっと動きやすいことが、いっぱいあるのではないでしょうか。
先日、世界一周旅行の写真展がゲストハウスtoco.にて行われました。
その写真などがたっぷり掲載されている、世界一周のことを綴られたブログ -ヒトリマワリヒトリタビ-(http://azutrip.blog101.fc2.com/)
フリーをされてからのことを綴られているブログ aiUeO(http://t-azuno.com/)とても読みごたえがあります。ボランティアや旅に興味のある学生は是非ご覧ください。
また、旅に興味のある学生には助言してくださるそうです。是非、連絡をされてみてはいかがでしょうか。
インタビュワー 竹森佳奈
12期生(平成19年度入学)デザイン情報学科 藤井尚子研究室―インタビューの感想―
学生のときもフリーをされるようになってからも、変わらず貫かれている志を感じることができて刺激的なインタビューでした。
また、インタビュー中も会場を通りかかる人から、よく声を掛けられているお姿や、世界一周時のエピソードや今の活動について語るときのとても笑顔が素敵で、東野さんの心の広さや、コミュニケーションをデザインしたいと仰っていた部分を垣間見れた気がします。会社に依存せず、自分を常に高めようとされている姿勢は私も身につけられるようになりたいと感じました。
Vol12. 2011年3月 食堂のおばちゃん
和田静子
食堂のおばちゃん
今回のクロストークインタビューは、「食堂のおばちゃん」こと和田静子さんです。
1月30日に食堂で働いていた先輩方に集まっていただき、おばちゃんを囲んで座談会を行いました。
参加していただいた先輩は、
松河剛司さん(6期生)、長谷川麻衣さん(6期生)、田中揚子さん(8期生)、濱口皓太さん(9期生)、井村旭宏さん(9期生)です。
今年度いっぱいで食堂を引退されるおばちゃんから芸工生へのメッセージをお伺いしました。
―おばちゃんはここにいつから勤めていらっしゃるんですか
芸工のキャンパスが名古屋市立女子短期大学だった頃から働いています。だから40年くらいになるでしょうか。
女子短大の初めの頃は売店だけで厨房は無くて、パンとアイスクリームを売っていました。そのころは食堂の二階は全部部室で、テニスや茶道、ギターマンドリンなどがあって賑やかだった。店を閉めるときに声を掛けると二階から学生さんがアイスクリームを買いに降りてくるから、なかなか閉められないってこともありました。テニス部は食堂の外のガラスを鏡代わりに素振りをしていたし、毎日合唱部の発声練習の声が聞こえていましたよ。食堂にあるピアノはそのときのものなの。
―そんなに長く勤められているんですね。芸工ができた当初から芸工を見ていらっしゃったと思うのですが、1期生の頃と今とでは食堂に変化がありますか。
1期生の頃は今ある芸工の建物もまだ無くて、みんなが集まれる場所も無かったからね、授業が無い学生さんはいつも食堂で集まってテレビを見たりしていましたよ。その頃は生徒も少なかったですし、みんな顔を覚えていますよ。授業の後に「おばちゃん、何か残っていない?」って食堂に来た学生さんに食事を出したり、お弁当を作ってあげたこともありました。今みたいに生協だとできませんけど、当時はわたしが個人でやっていましたから。
―おばちゃんは本当に、学生にも、食堂にも愛情をもってお仕事されていますよね。
わたしはこの店に凄く愛着があるんです。カウンターひとつでも傷つけちゃいけないなって思って使っています。学校のものなんですけどね、自分のうちのお勝手以上に大切に使っているつもりです。
食堂に新しく入った人も若い人ばかりだし、よく働いてくださっている。こんなに綺麗にしてもらえたし、みなさんもこれからも食堂を利用してくださいね。
―学生を注意したり叱ったりすることもありますか?
「プレゼンするときにはきちんと身だしなみを整えなさいよ」と言ったりします。芸工ではプレゼンして人の前でしゃべることも勉強のひとつでしょう。これから社会に出て行くんだから、そういったこともしっかりできるようになるといいですよね。
それから芸工は時間にルーズな学生さんもいるでしょう。でも時間を守ることや約束を守ることは、一番大事。時間を守れない人はやっぱり約束も守れない。そういうことは食堂のアルバイトの学生さんにはしっかり注意しますよ。
―おばちゃんはお母さん的視点で指導されていますよね。その他に芸工生にアドバイスはありますか
普段そんなに4年生と1年生が話をする機会は無いけれど、例えば食堂のアルバイトしている学生さんは各学年にいたから手伝いをしていると先輩の姿も見るし、話を聞く機会があるでしょう。それはとてもプラスになることだと思います。だから、私はいつも「先輩のお手伝いをさせてもらいなよ」と言っています。
勉強のことも先輩に聞いて、教えてもらったらいい。お手伝いさせてもらうと、目で勉強させてもらえますから。たとえば建築系の模型作りでも、お手伝いをすると、先輩のいろんなものを見せてもらえますよね。周りの人をいっぱい見て比較して、それだけで勉強になるじゃない。ああこうやって作るんだなとか。
お手伝いしたら、先輩と繋がることもできるし、いいことばかりですよ。
―40年間もずっとここで仕事を続けてこられましたよね。長く続けられる秘訣ってあるんですか。
わたしの旦那が亡くなったときも、食堂に来ました。その日ぐらい休めばいいのにって周りの人に言われましたけれど、わたしがいなかったら、学生さんたちがご飯を食べられない。学生さんのことを思うとどうしても休めない。そういった気持ちで毎日来ていました。
最近も足の親指が腫れて痛くて、息子に「食堂休んで病院行って来なよ」って言われても、雪の日に「転んだら危ないから休みなさい」って言われても、仕事に来ました。40年休まずに食堂に来ていたのに、あと少しのところで休んでどうなるのって。
―どうしてそんなに生徒のために尽くしてくださるんでしょうか
「情けは人のためならず」って言葉があるじゃない。食堂のバイトの学生さんにはいつも良く覚えておきなさいって言うんですが、人のために情けをかけると、その場では返ってこなくてもいつか自分に戻ってくるから、って。
わたしも芸工の子が卒業して活躍しているのをみると嬉しいし、どこかで会うといつものように「おばちゃん」って声を掛けてくれて、自然と「いってくるね」「いってらっしゃい」ってやり取りができることが、すごく嬉しい。そういうことがみんなにしてあげたことの、ご褒美みたいなものだと思っています。
―芸工生はおばちゃんにとても感謝していますよ。
最近、学生さんから手紙を頂いたんです。「おうちに帰って読んでね、おばちゃん」って言って。わたしは申し訳ないことにその子の名前も知らなかったんだけど、その手紙には「寒い日にパンを買おうとしたら、おばちゃんが今日は寒いから味噌汁を飲んだほうがいいよって言ってくれた」とか、今までどういうことをしてくれてありがとうって、いっぱい書いてあったんです。わたしが何気なくやっていたことが、こんな風に思われていたんだなって、食堂のバイトでもない学生さんから、そういうふうに言ってもらえて、ほんとに涙が出るほど嬉しかった。
―そんなことがあったのですね。最後に芸工生に伝えたいことはありますか。
このあいだも、私が食堂に立つ最後の日にたくさんの方が来てくださって、ほんとにほんとに嬉しかったです。食堂をがんばってきて良かったなと思いました。わたしは学生さんや先生方、事務の人、みんなに生かされて、40年休まずにここまでこれたと思っています。
今でも卒業生が電話や手紙で、展示会のお知らせや受賞の連絡をくれたりするんです。また、学生さんと触れ合えたことももちろんですが、芸工の学生さんたちから建築や芸術などにも触れ合えて、自分の感性にも影響してもらえたって思っています。それは他の職場ではできないこと。わたしはほんとにみんなのおかげで幸せなお仕事をさせてもらえたなって、思っています。ほんとにみんなありがとう。
これからも、皆さんの健康とご活躍をお祈りしていますよ。
食堂のおばちゃんお疲れさま会のお知らせ
月日:2011年4月24日(日)
場所:芸術工学部北千種キャンパス
●川崎和男名誉教授による記念講演会
16:00~ (15:30 開場)
図書館上大講堂
●食堂のおばちゃんお疲れさま会
18:00~ (記念講演会終了後、受付開始)
アセンブリーホール(食堂)
詳細はこちらから(同窓会のサイトが開きます)どうぞふるってご参加ください。
インタビュワー 竹森佳奈
12期生(平成19年度入学)デザイン情報学科―インタビューの感想―
記事には書ききれないほど沢山、おばちゃんの芸工生への愛情を感じるエピソードを聞くことができて、とても楽しいインタビューでした。
この学部ができた当初から、おばちゃんは芸工のお母さん的存在で、芸工の変化も見守られてきていることが伝わってきました。
おばちゃんの愛してくださっている芸工の空気を受け継いで、これからも大切にしていきたいと思います。
芸工ビジネスセミナー写真レポート – 2010年11月19日開催
卒業生からビジネスマナーを教えていただくイベント、芸工ビジネスセミナーが11月19日(金)に開催されました。当日は約20名の在校生が参加し、鈴木多恵さん(6期)をゲストスピーカーにむかえて、ビジネスをしていくために重要な”人に与える印象の大切さ”についてプロの視点から語っていただきました。
第1部 自分の印象について考える
まず、鈴木さんからお辞儀の仕方を指導していただき、第一印象はどこで判断されるのかについて意見を出し合いました。
正しいお辞儀:左手を上にして両手を前で組み、言葉を話しきった後に頭を下げる。
第一印象:身だしなみや表情など、「視覚」からの情報に左右されやすい
これらを意識しながら一人ずつ一分間で自己紹介を行いました。
実際に人前に立つと思った以上に緊張し、事前にまとめておいたはずの内容を忘れてしまったり、相手にどう見られているのかを考える余裕さえ無くしてしまう学生も多くいたようです。そして、他の参加者の自己紹介を「暖かい印象だったか」「視点が定まっているか」「表情があるか」「聞き取りやすい声か」「話がまとまっているか」など18項目について評価したアンケート用紙を互いに交換しました。
第2部 印象を改善してみる
第一部で記入し合ったアンケートと、スピーチを撮影したものを見直し、相手に与える印象をさらに良くするにはどうしたら良いのかを話し合いました。声の大きさや、定まった視点かどうかなど、自分では意識していなかったことでも、他の人から見ると不足していたり、逆に、緊張しすぎて表情や話し方に影響してしまったと心配していた人でも、他の人からは落ち着いて見えていたりと、自分の予想と実際に相手が受ける印象に差異があることが分かりました。
第3部 印象を良くするためのエッセンスを学ぶ
ビジネスシーンで欠かすことのできない、名刺交換のマナーついて学びました。名刺を受け取った後に左から役職順に並べて机に置くことや、机越しのやり取りはよくないことなど、気をつけるべき具体的な点を教えていただきました。これから実践する際にはこれらのポイントを踏まえ、明日からの人脈作りに役立てたいと思います。
本セミナーを通して、相手に良い印象を持ってもらうためには、話し方や立ち振る舞いの良さがとても大きな要素であること、またそれらを意識して身につけていく必要性を感じました。人前で話すのは気恥ずかしく、緊張もしましたが、客観的に自分の振る舞いを見ることができ、改善すべき点を発見することができました。また、それらは、ビジネス面だけでなく、日常生活の中でもその人を表す大切な要素だと思います。このセミナーで学んだことを大学生活や就職活動で生かしていけたらと思います。
























